残業以上恋未満
2 二人だけの秘密の時間
あの日を境に高松部長は、ほぼ毎日のように残業する私に声を掛けてくれるようになった。
「今日もまた残業か?」
呆れたようにやってくる高松部長。
「そういう高松部長もこの時間まで残ってるじゃないですか」
「まぁ、そうだな……」
私の言葉に、部長は痛いところをつかれたと言わんばかりに苦笑する。
「IT部ってすごく忙しそうですもんね」
IT関連の他社で勤務する友人も、交代で夜勤務していたり、持ち帰りの仕事が多いって言ってた。
私はそういうIT関連にはまったく詳しくないけれど、きっとなんか難しいプログラミングとかしているに違いない。
「で、今日のお菓子は?」
「あ、はい!今日の残業のお供はこれです!苺の生チョコレート!苺大福を模した見た目のチョコレートです!見た目も可愛いし、それなりに食べ応えのある大きさなので、満足感があります!SNSでも、一時期バズっていたことがあって!苺味もはっきりしていて美味しいんですよ!」
ばばーん!とチョコレートを紹介してから、私ははっと気が付く。
高松部長は必死に笑いを堪えているけれど、肩が小さく震えている。
「って!今日のお菓子ってなんですか!私がまたお菓子をつまんでいるみたいな言い方!」
「いや今まさに食べようとしていただろう、その苺のチョコレートを。丁寧なご説明どうも」
くっ……!部長の言葉に乗せられた……っ。
むうっと私が頬を膨らませていると、高松部長はからからと笑う。
「早河、よくプレゼンできてたぞ。すごく美味しそうだ」
部長の楽しそうな笑顔に、怒る気も失せてしまう。
いい人だなぁ、高松部長。私は直属の部下でもなんでもないのに、こうして気にかけてくれていて、いつも気さくに接してくれる。この人の下で働くの、すごく楽しいだろうなぁ。
そんなことを部長の顔を見つめながら思っていたせいか、高松部長は不思議そうに首を傾げた。
「早河?どうかしたのか?」
「あ、いえ!なんでもないです!ていうか、全然プレゼンのつもりなかったんですけどっ」
「企画会議でも十分戦えると思うぞ。早河のその勢いのあるプレゼン力と、もうどうしても早く食べたいって気持ちは」
「部長!?私のこと食い意地がはってると思ってませんか!?」
「思ってないぞ?」
「その口ぶりは絶対思ってる!」
笑う高松部長につられて、私も笑う。
あれ、なんかこんなふうに思いっきり笑うのって、なんだか久々な気がする……。
ここのところ仕事が忙しいというのもあるけれど、彼氏と別れてから誰かとこんなふうにのんびり話すのってすごく久しぶりだ。
「と、話している場合じゃなかったな。今日はもう終わりそうか?」
ごほんと仕切り直すようにわざとらしく咳払いをした高松部長が私に問いかける。
「あ、はい!ここだけ少し修正したら、今日はもう切り上げます」
「そうか。毎日毎日残業で、家のことは大丈夫なのか?」
「家のこと?」
なんのことを言っているのかわからなかった私は、素直に聞き返す。
すると高松部長は少し言いにくそうに口を開く。
「あー、なんだ。こういう話は今だとセクハラにあたったりするのかもしれないが……」
「はい?」
「早河は彼氏とかいるだろう?遅くなって心配しているんじゃないかと思ったんだ」
高松部長の言葉に、私は目をぱちくりさせる。
部長はなんだか気まずそうに、視線をあっちこっちにやっていて、なんだかその仕草がおかしくて、私は吹き出してしまった。
「ぷっ……!」
「なにがおかしいんだ」
高松部長は少しむっとしたような表情を浮かべる。
「あ、いえ、すみません!なんか、すごく気を使ってくれたんだなぁ、って嬉しくて」
私もすっと笑いを引っ込めると、先程の高松部長のようにこほんとわざとらしく咳払いをした。
「心配には及びません!私、彼氏いませんから!」
「そう、なのか」
「はい!フラれたばかりなんです。こうやって仕事ばっかり優先していたらフラれちゃって。でも、不思議と後悔や寂しさもなくて、今は恋愛はいいかなーって感じです」
私の話に部長が少し困ったような表情を見せるので、私は明るく言った。
「この仕事大好きですし!せっかくのコンペのチャンス、頑張りたいんです!」
私がそう明るく言うと、高松部長は少し表情を緩めた。
「仕事熱心なのはいいが、残業はほどほどにしておけよ」
「はい!」
敬礼する私に、部長が去り際に一言付け足す。
「深夜のお菓子もほどほどにな」
だから一言余計ですって。