恋を知らない恋愛小説家は、イケメン担当者と疑似恋愛をする

恋を知らない小説家

「先生。この『主人公が頭を撫でられる場面』なんですが、もう少し迫力を加えられませんか？ゆっくり距離感が縮まるドキドキ感がもう少し欲しいです」

　私の担当編集者＿＿月森慧は、今日もまた、私の小説原稿を手に頭を抱えていた。

「迫力、ですか…。 でも、十分ドキドキしません？」

　私の言葉に、月森さんは深い溜息をついた。その溜息には疲労が滲んでいる。その原因の一端が自分であることは申し訳ないのだが、変に繕うと後の自分が苦しむことを知っているため、大人しくしておく。

「先生。今から失礼を承知で1つお聞きします」
「はい、何ですか？」
「もしかして、……恋愛経験が少ない感じですか？」

　その言葉は、私の胸に鋭く突き刺さった。

　私の名前は白石結花、25歳。職業は恋愛小説家。しかしその実態は、恋愛経験ゼロ、恋人居ない歴＝年齢、恋愛偏差値ゼロの人間だった。

「……そんなに致命傷を与えなくてもいいじゃないですか！ええ、ないですよ！」
「え、まさかゼロですか？」
「オーバーキルです！！死体蹴りしないでください！！！」

　動揺を隠せないまま、私は叫ぶ。月森さんは一瞬固まってから、改めて深いため息をついた。

「ですよねぇ……薄々感じてはいたんです」
「うう……」
「でも、先生の小説は語彙力も文章力もすごく高い。比喩表現も綺麗で、情景描写も上手い。でも、どうにも『本物の恋』が感じられないんです。表面的なことしか描かれていないというか…。言うならば、恋愛の教科書を丸写ししたような……」

　月森さんの言葉は、優しかったけれど、私の胸に重くのしかかった。

　私は、昔から恋愛小説が大好きだった。いつか自分もこんな素敵な物語を書いてみたいと憧れ、ネットに投稿し始めたのが大学生の時。その後、ひょんなことからお声がけいただいて小説家になることができたのだ。でも、現実はこのザマ。

「どうしたら、本物の恋が書けるんでしょうか…」

私の小さな呟きに、月森さんは少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。