調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
「その通りです。変、ですよね?」

 自虐的に笑う彼に、紗奈は静かに首を横に振った。

「いいえ。そういうことでしたら……この辺りはどうでしょう。お客様の印象的な目元を和らげることが出来るかと」

 吸い込まれそうな眼差しを少しだけ緩和しそうな、丸いフレームを指差す。

(これだけ整った顔なら眼鏡くらいじゃ見映えは悪くなりようもないけど、少しくらいなら印象を変えられるかしら)

 店内にある似た形のフレームをいくつか用意して男性の目の前に並べる。
 そのうちの一つを手にとって男性の顔に近づけた。

「失礼します。……いかがでしょうか」
 
 そっと男性に眼鏡をかけ、鏡を差し出した。
 男性は真剣な表情で鏡をのぞき込む。

「どう……なんでしょう?」

 色々な角度から自分の顔を吟味している男性は、先ほどよりも少しだけ柔らかさが増した気がした。
 けれど、イケメンには変わりはない。

「素敵ですよ。よくお似合いです。あっ、似合ってはいけませんでしたね。申し訳ありません」

 彼は見た目が悪くなる眼鏡を探しているのに、うっかり本音をもらした紗奈は頭を下げた。
 すると男性はふっと吹き出した。

「ははは、ありがとうございます」
「申し訳ありません。まだ候補はありますから、そちらもお試しください。必ずお似合いにならない眼鏡を探しましょう!」

 紗奈が真剣な目でそう告げると、男性はますます表情を緩めた。
 リラックス出来たようで、さっきまでの不安そうな表情は薄れ、明るい表情になっていた。

「実は、接客中に僕が説明してもあまり商品に注目してもらえなくて……ずっと顔を見つめられると、商品説明が無意味な気がしてしまうんです。だから少しでもなんとかしたくて。ちょうど視力も悪くなってきましたし、眼鏡をかけたら良いんじゃないかって」

 苦笑いをしながらうつむく彼は、どこか寂しげだ。きっと仕事に対して真摯な人なのだろう。
 紗奈はカウンターの下で拳を握る。

(平凡顔の私じゃ、この人の本当の気持ちは分かってあげられない。だけど同じ接客業として商品説明を聞いてもらえない辛さは良く分かるわ。なんとか要望を叶えてあげたい)

 紗奈は彼の書いたアンケート用紙に再度素早く目を通す。
 小笠原綾人。30歳。
 接客業。
 眼鏡は初めて――。
 
「小笠原様のお顔を引き立てないようにするには、やはりフレームは丸めのものがオススメです。フレームはあえて太目のもの、もしくは縁なしですと少し王道から外せるかと思います。仕事でお使いになるのでしたら、軽い方がオススメです。特に小笠原様は初めての眼鏡ですから……。大丈夫です、絶対にお気に召すものを探してみせますから!」
「お願いします」

 紗奈が小さく拳を上げると、小笠原はつられたように頷いた。



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