調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
 男性の視力を測定し、レンズの種類や度数の選定を進めていく。
 アンケート用紙も記入してもらい、全ていつも通りだった。
 フレーム選定までは――。

「ではどのようなフレームにいたしましょう。ご希望はございますか?」
「えっと……」

 紗奈が尋ねると、男性は気まずそうに口を閉ざした。

「ご希望がないようでしたら、こちらのカタログをご覧になりますか? 確か、仕事での着用をご予定なのですよね? でしたら……」

 紗奈がカタログを開いて差し出すと、男性が意を決したように「実は」と口を開いた。

「かけた時に、少し見た目が悪くなる感じにしたいのですが……」
「見た目が、悪く? えっと、変装用途ということでしょうか」
「そこまで本格的なものではなく……」

 男性はまた黙り込んでしまう。
 紗奈は少しの間思案した。

(この方、さっきアンケート用紙には接客業って書いていたわよね? 仕事で使う眼鏡で見た目を悪くしたい……)

 そこまで考えて男性をよく見ると、彼の顔がかなり整っていることに気がついた。
 仕事モードの紗奈は「どのレンズやフレームが合うか」という基準で顔を見ていたが、街で見かけたら振り返ってしまいそうなほど、綺麗な顔立ちだ。すっと端正な鼻筋と薄い唇。絹のように艶やかな黒髪と、鋭い瞳がバランスよく配置されている。一度気づいてしまうと、印象的な目元に釘付けになってしまいそうだ。

「ご自分を目立たないようにしたい、ということでしょうか」

 紗奈が尋ねると、男性は目を丸くしながら頷いた。

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