調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
 それから紗奈は小笠原と雑談をしながらフレームを選定していった。小笠原も緊張が薄れたせいか、率直な意見を言うようになっていた。

「眼鏡って、賢く見える場合もあると思うんですけど、それも避けたくて……」
「知的に見られたいようなご職業の方は、細めのオーバル型、つまり楕円形を選ぶ方も多いです。それは避けましょうか。先ほども申しましたが、オーバル型よりもラウンド型のような丸い形のほうが小笠原様の目元の印象を柔らかくしてくれると思います」

 小笠原は紗奈の説明を真剣に聞きながら、小さく頷いている。そして紗奈の眼鏡を指さした。

「店員さんはのは何型なんですか?」
「私のはオーバル型ですが、楕円が太めのものになります。知的に見せたいんですけれど、柔らかさも残したくて。フレーム自体はシルバーで細目なのでオフィスカジュアルにも合わせやすいんです」

 紗奈が自分の眼鏡を外してみせると、小笠原は納得したように「本当だ」と呟いた。

「確かに印象が変わりますね。すごい……。あぁ、店員さんは眼鏡をしていなくても、知的かつ柔らかです」
「ふふふっ、お上手ですね。ありがとうございます」

 さらりと紗奈を褒めるあたりに接客中の小笠原の雰囲気が垣間見える。
 心ないお世辞というより、馴染みの友人の軽口を聞いている気分がした。

(これじゃあ女性客に大人気でしょうね)

 心の中で苦笑しつつも、悪い気はしなかった。



「いかがでしょう。これが一番……目元の印象を薄くしつつ、馴染んでいるかと」

 紗奈が小笠原にかけたのは、丸型フレームの縁なしタイプの眼鏡だった。
 小笠原は鏡をじっと見つめていたが、納得したように紗奈の方を見た。

「これにします。あ、つるの部分は色を変えられますか? 店員さんのを見たら、銀色が良いなと思って」
「変更は可能ですが……現物がないので取り寄せになりますね。一週間ほどお時間をいただく必要があります」
「構いません。それでお願いします」

 ようやく決まったからか、小笠原は一仕事終えたような晴れやかな表情をしていた。
 支払いを終え出口まで案内すると、小笠原は「店員さん」と紗奈に声をかけた。

「今日はありがとうございました。変な要望だったのに、すごく真剣に選んでくださって嬉しかったです」
「お役に立てて光栄です。入荷しましたら電話にてご連絡いたしますね」

 紗奈は「ありがとうございました」と見送ると、ほんの少しの間、達成感に浸った。

(お客様に満足していただけた。やっぱり接客業はこの瞬間が最高よね!)

 ホクホクした気分で小笠原の情報をデータベースに入力していると、高橋が近づいてきた。

< 11 / 36 >

この作品をシェア

pagetop