調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
「疲れたー!」

 紗奈は帰宅するなりリビングに座り込んだ。
 気合いを入れた紗奈はいつも以上に周囲に気を配って働いたため、ヘトヘトになっていた。

「シャワー浴びなきゃ。ご飯も……なんか食べないとな。冷蔵庫に昨日の残りがあったはず」

 残りの気力を絞り出して、なんとか身体を動かす。
 クレンジング、シャワー、食事、洗濯……。すべての用事を終わらせると、ズルズルとベッドに倒れこんだ。

 見慣れた天井をみながら、ふとスマホの銀行のアプリを起動する。

「一、十、百、千……ふふっ、だいぶ貯まってきたな」

 硝華堂で働きだしてからずっと、毎月しっかりと貯金をしてきた紗奈。
 もう生活していくのには十分過ぎるくらいお金を貯めていた。

「あと二年で買えるかな? 夢の新築マンション!」

 紗奈には三十歳までに頭金を貯めて、一人暮らし用の新築マンションを買うという密やかな夢があった。
 誰かに言うと「一人用マンション? 結婚するかもしれないのに?」という反応ばかりされるため、友人にも同僚にも秘密だった。恋愛にも興味がない紗奈にとって、結婚など無縁の話。

(誰かと恋したいって夢見た時期もあったけれど、もう身の程をわきまえたもの。今さら誰かと結婚するはずないし、早く家を買った方がお得よね)

 仕事終わりのこの時間を、自分だけの空間で過ごすことが目標なのだ。
 そのために節約を心がけ、残業も積極的に引き受けていた。

「でももう少し資金に余裕が欲しいなあ。頭金を増やせればローンも楽になるもんな。店長になればもう少し給料も増えるだろうけど……店長かあ」

 今日の店内の雰囲気を思い出し、ため息が深くなる。
 もし自分が店長になって今よりも状況が悪化したら――。

「あーやめやめ! 仕事のことを考えるのはおしまい!」

 そうしてスマホで新築マンション検索して、気分をあげ直す紗奈だった。
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