調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
 翌日。
 紗奈は店舗ではなく、お客様の自宅にいた。

「……これで鼻あて部分の調整は完了です」
「いやあ助かったよ。少し前に腰をやっちまってね。出かけられないし、眼鏡も調子悪いし、どうしようかと思っていたんだ」
「必要な時はいつでもご連絡ください」
「あぁ、また頼むよ」

 今日は長くご利用いただいているお客様から、訪問サービスの依頼があったのだ。
 訪問サービスは基本的に店長と紗奈の二人が担っている。このサービスを嫌う高橋は当然やりたがらないし、パート社員には任せられないからだ。

(好きだからありがたいけどね。良い気分転換になるし、お客様から本音に近い意見が聞けるもの)

 今日のお客様からも「孫からタブレットをもらったけど目がチカチカする」という話を受けて、ブルーライトカット眼鏡の追加注文を受けたところだ。
 紗奈はじんわりと嬉しさを噛み締めながら店に電話をした。

「もしもし、亀井です。今訪問サービス終了しました。メールでお送りした通り、追加発注もいただきました」
「お疲れ。店長が今日は直帰でいいってさ」

 電話に出た高橋の声は前よりも落ち着いてた。

(今日は佐々木さんも無事出勤してるから? なんにせよ問題がないのは素晴らしい)

「ありがとうございます。では失礼します」

 そうして電話を切って歩き出すと、またすぐに電話が鳴った。スマホには『佐々木』と示されている。
 嫌な予感がして急いで電話に出る。

「……もしもし、亀井です」
「先輩! 直帰なんですか?」

 電話に出ると、佐々木の声が勢いよく耳に飛び込んできた。

「え、えぇ。そうするつもりだけど」
「ズルいです! まだ戻っても勤務出来る時間なのにっ。私だって休みたいのに」
「はい?」

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