調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
「この絵……」

 出口付近でふと、男女二人が食卓を囲んでいる油絵が目に入った。質素な食事をしているのに微笑みを浮かべている彼らから目が離せなくなる。

「幸せそう……いいなあ」

 思わずこぼれた言葉は、紗奈自身にとっても意外なものだった。

「羨ましい?」
「そうですね。私は恋人もいたことないし、憧れる気持ちも失くしたと思っていたんですけど……少しだけ」

 正直に答えると、小笠原は少し思案した後、何かを言いかけた。
 その時――。

 ドンッ!

 団体客らしき集団に押され、紗奈はバランスを崩してしまった。

「わっ……!」

 転ぶと思った瞬間、小笠原に真正面から身体を受け止めらる。抱きついたような形になった紗奈は心臓が止まりそうだった。

「こっち」

 そっとエスコートされ、ロビーの端へと移動する。落ち着いた紗奈は深く頭を下げた。

「あ、ありがとうございます……。前もこんな風に助けてもらいましたね」

 照れ隠しのようにへらりと笑うと、小笠原は首を振った。

「あの時は転ばせてしまったから、今度は支えられて良かった。どこか捻ってない? 歩けそう?」 

 目を細めて笑う彼の瞳には心配の色が混ざっている。紗奈は申し訳なくなった。

(こんなに心配してくれているのに、私ったらなんでドキドキしてるのよ)

「大丈夫です。走り回れるくらい元気です」
「良かった。……一通り見たし、帰る前に少し外を歩かない?」

 小笠原の提案に紗奈は強く頷いた。まるで彼も名残惜しく思ってくれているみたいで嬉しかったのだ。
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