調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
 午前中にやってくるのは高齢の方がメインだ。老眼鏡の新調やメンテナンスが多い。
 立地のせいか穏やかな方が多く、紗奈はこの時間帯の接客が好きだった。

「今日は急に来て悪かったね。助かったよ」
「鼻あての不具合は仕方がないですよ。また気軽にお立ち寄りくださいね。最近『訪問サービス』もやっていますから、そちらも是非ご利用ください」

 紗奈がチラシを渡すと、お客様は「ほぉ」と興味深そうにチラシを見つめていた。

「これは便利そうだ。利用させてもらうよ」
「はい!」

 笑顔でお客様を見送ると、後ろからため息が聞こえてきた。

「あのさあ、『訪問サービス』って利益出ないの分かるよね? 押し出しちゃ駄目だろ」

 子供をたしなめるような言い方をされ、紗奈の内心は穏やかではなかった。

「これは購入いただいた方へのサービスですし、継続利用には効果があります」
「この支店独自のサービスでしょ? 前のところでは、こんなことしなくても客は定着してたよ。はぁ……店長にも言ってるんだけどな」

(出た……高橋さんの前の支店話)

 高橋は仕事の話になると、必ず以前の支店を引き合いに出す。
 佐々木がパート社員と「じゃあ前の店に戻れよ」と陰口を言っているのを、紗奈も聞いたことがある。

 けれど二人きりの場で言い争いたくはない。紗奈は笑顔を張り付けて頭を下げた。

「そういう考え方もありますね。ご助言ありがとうございます」

 ちらりと時計をみると、もう正午を過ぎている。そろそろ店長が来る時間だ。
 紗奈は言い足りなさそうな高橋を放置して、ディスプレイの整理を始めた。

 その時、店の自動ドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

 顔をあげると、平日のこの時間には珍しい若い男性が立っていた。紗奈がちらりと高橋を確認すると、すっと目を逸らされる。

(同性で同世代の高橋さんの方が適任なのに……)

 高齢の方より単価が低いと踏んだのだろう。仕方なく紗奈は男性に近づいた。

「眼鏡をお探しですか? それとも修理でしょうか?」
「眼鏡を買いに。初めてなんです。予約もしてなくて……」

 凛とした目元が印象的なその男性は、その印象とは反対に、少し困ったように眉をへにゃりと下げた。

「では、まず視力測定から始めましょうか。こちらへどうぞ」

 紗奈は男性をブースへと案内した。



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