美人の香坂さん、酒は強いが恋愛は最弱
びりっ
びりっ

静まり切ってしまった空気を引きちぎるかのような、音が響いた。


音がする方を見ると香坂優子がノート破っていた。
破られたノートの1ページ1ページに大きく何かが書かれていた。


「はい、これが今まで皆さんから実践した覚え方です。いろいろあってどれも面白いですよね」
 
みんなが破られたそれを手に取って見る。

「皆さんはそれぞれが違う人であり、違う意見を持っていて当然です。
それは顧客となる生徒さんや保護者の人も一緒です。だから、ニーズも多様ですし、どの意見が正しく、どの意見が間違っているということはありません。
今のように実体験を聞くのは面白かったんじゃないですか?」

香坂優子はぐるりと見渡し笑顔で話を続けた。

「はい。九九を覚えるという一つのことに対して、みんな違っていて興味深かったです」
と答えると、香坂優子は俺を見つめてにっこり笑った。

「私もそう思いました。
まず、いろいろな考えを自由に出し合ってはどうでしょう。
そのなかで、今回のテーマに最もそっていると思われるものを根拠をもとに選ぶとか。
一見意味のないようなことだとしても、意外と役に立つこともありますし、その逆もしかりです。
もちろん、否定的意見も意見の1つなので発してもよいでしょう。
ただ、私は否定されることは怖いので、ちょっと嫌かな」

全員が無言で優子を見つめていた。

「ってことで、コーヒータイムにしませんか?チョコ持ってきたんですよねー。気分を変えて15分後に再開でーす」
と、優子がそれまでと違う、満面の笑みで大来な袋を取り出した。
中にはチョコだけでなくお煎餅やクッキーなども入っていた。

「糖分、大事でーす!みんな食べてねー!」

みんなが変わった空気にホッとし、思い思いに話しながら立ち上がり、後方に用意されたドリンクを飲んだ。



俺は香坂優子と話してみたいと思った。コーヒーを二つ持ち、数歩歩いたところで呼び止められた。

「八木君。いいかな」

振り返ると背の高い細身の男性社員が近づいてきた。落ち着いた様子に新入社員ではないとすぐに分かる。
自分の名前を知っていることにやや驚いたが、彼が自分の首から下げた「口田」の名前プレートをちょっと持ち上げて見せたことから納得した。
スーツが着慣れたこの男は、銀のフレームの眼鏡をかけていて、その奥の微笑んでいるのに笑っていない、綺麗な二重の瞳は冷静で仕事ができそうな雰囲気を醸し出していた。
確か3グループの様子をメモしながらぐるぐると回っていたはずだ。


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