美人の香坂さん、酒は強いが恋愛は最弱

「俺たちの家はすんごい田舎でさ」
眠りに落ちていく香坂さんを見つめていると、口田課長が話し始めた。
「どの位って、同級生が2人ってくらいの田舎」
「同級生が二人、ですか？」
「そう。驚くだろ？　ものすごく小さな村だったんだ。
だから、村中のみんなが家族みたいで、俺も皆から可愛がってもらってたし、俺より小さな優子を俺が可愛がるのは当たり前のことだったんだ」

バックミラー越しに口田課長が香坂さんに視線を移したのが見えた。
その表情がとても優しかった。
香坂さんのことがとても大切に思っているのだろう。

香坂さんからは小さな寝息が聞こえていた。

「優子の父親が俺の母親の兄貴で、母親同士も親友だったし、俺たちはいつも一緒にいて、優子のお世話が俺の仕事だった。
俺が優子を守るんだって、気が付いたらそう思ってた。
・・・思っていたはずだったんだけど、こっちに出てきてそれが面倒になったんだよ」



「こっちに出てきて、当たり前だけどみんな俺を知らないんだよ。
誰も助けてはくれないけれど、誰も助ける必要はないんだ。
自由だと思ったよ。
そのうち彼女もできて、優子のことは考えることもなかった。
それは優子がこっちにでて来てからも変わらなかった。
まあ、一人暮らしで困ったことがあれば連絡してきてたから、その時は手伝ったりしたけど、それまでみたいな関係ではなくなったんだよ。
彼女も嫌がってたし、優子も俺や彼女に気を使っていたし。
そのうち優子に彼氏ができて、俺の役割は完全になくなったんだ。

これが俺の大きな誤りだった。

今日会った男がいるだろう？
あいつが優子を傷つけた。
あの日、優子は俺に連絡したんだ。
でも、俺は当時付き合ってた彼女と一緒にいて、その電話に出なかった。
優子が過呼吸で病院へ運ばれた頃、俺は彼女とイチャついてたんだよ。
ものすごく後悔した。
あの時ああしてたら、こうしてたらって、何度も責めた。
もう二度と優子の側を離れない。
守ってやるんだって誓った」

「そいつ、香坂さんになにをしたんですか？」

「時間切れだ」
「は？」

「ここ、俺ん家」
口田課長は駐車場に車を停め、親指をたててマンションを指した。