亡国の聖女は氷帝に溺愛される
「では、エヴァン様、セシル様。行ってまいります」

「お気をつけて。無事のお戻りをお待ちしています」

 ルーチェがセルカの手を借りて馬車に乗り込むと、続いてヴィルジールが中に入ってきた。向かい合うように腰を下ろすと、ほどなくして扉が閉まる。

「──出発しろ」

 ヴィルジールの一声で、馬車は走り出した。

 ルーチェは馬車に揺られながら、窓の外の景色を楽しんだ。

 馬車は城門を出ると、緩やかな坂を下りながら城下へと向かっていった。アスランら騎士たちが先導するように馬を走らせているからか、街の人々は馬車に乗っているのが皇帝だと気づいたようで、子供たちは元気よく手を振り、大人たちは花を手向けるように投げている。

 その和やかな歓迎に、ルーチェは顔を綻ばせていた。

「見てください、ヴィルジールさま。街の人たちが花を投げていますよ」

「……見ている。全く、何故花を」

 ヴィルジールは腕を組みながら、悠然とした様子で窓の外に視線を投げていた。沢山の子供が手を振っては「陛下」と声を上げているのに、にこりともしていない。

「手を振って差し上げてはどうですか?」

「くだらん」

 ヴィルジールの目がルーチェへと向けられたかと思えば、そっと閉ざされた。手を振り返すどころか、民の姿を見る気もないようだ。
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