亡国の聖女は氷帝に溺愛される
「ヴィルジールさまは、決して冷たい人ではありません」

「……急に何を言い出すのかと思えば、くだらないことを」

「くだらなくありません」

 ルーチェは夢中になってヴィルジールの手を取り、手繰り寄せるように頬に当てた。

 やはりヴィルジールの手は、今日もあたたかい。

「皆は知らないのです。ヴィルジールさまが本当はお優しいことを。なのに……」

 こんなにもあたたかくて優しい人が、どうして氷帝と呼ばれているのか、冷酷で無慈悲だと言われている理由を、ルーチェは知りたいのだ。

 だけど、それ以上は何も言えなくて。

 声にならない声を喉の奥に押し込めたまま、ルーチェは睫毛を震わせた。

 知りたいなどという気持ちは、とても烏滸がましいものだ。

 人は誰しも、踏み込んでほしくない場所があるし、知られたくないことだってあるというのに。

 分かっていても、その手のあたたかさを知った日から、少しずつ芽生えていってしまったものがある。

 オヴリヴィオ帝国の城の上から、その隣に立って、何もない地と化したイージスの一片の景色を目にした。

 城下を急襲した竜から民を救うために、馬に跨って駆けていた背中を見た。 

 何も持っていなかったルーチェに、光という意味がある名をくれた。
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