亡国の聖女は氷帝に溺愛される
 涙が伝った頬に触れる手は優しく、ルーチェを受け止めた腕は力強く、その手は広くて、いつだって温かかった。

 そんな彼の手のぬくもりを、ルーチェは知っていたから。

 だから、悪く言われた時は腹が立ったし、自分の知らない話を聞かされた時も良い気がしなかったのだ。

 外の景色が城下から緑豊かな自然へと移り変わった頃、ルーチェの右手にぬくもりが灯った。

「ルーチェ」

 ヴィルジールの口からこぼれた声は、想像していたよりもずっと、柔らかかった。

「……はい」

 ルーチェが恐る恐る顔を上げると、ヴィルジールは深い青の瞳でルーチェをまっすぐに捉えていた。

 ヴィルジールが躊躇いがちに口を開いて、何かを言いかけたその時。

 耳を劈くような雷鳴音が響き渡ったかと思えば、目も開けていられないほどに眩しい光が辺りに奔り、馬車が凄まじい音を立てて傾いた。

 思わず瞼を閉じたルーチェの身体を、向かいに座っていたヴィルジールが掻き抱く。

「ルーチェッ!!」

「ヴィ、ヴィルジールさ──」

 宙に投げ出されたのだと気づいたのは、眼前に広がる鈍色を見た時だった。
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