亡国の聖女は氷帝に溺愛される


『──またここにいたのかい? フィオナ』

 ──フィオナ。その名はイージス神聖王国の最後の聖女の名だ。菫色の瞳と黄金色の髪を持って生まれたその少女は、十歳の時に聖女として神殿に迎えられた。

 フィオナはある日突然、両親と引き離された。誘拐も同然で神殿に連れて行かれたフィオナは、不満や孤独心からよく神殿を抜け出し、敷地内の森でひとり座り込んでいた。

『──だって、怖いんだもん。父さんも母さんもいないし、白い人たちは私を変な目で見てくるし……』

 目に涙を浮かべながら、しとしとと胸の内を打ち明けるフィオナを迎えにきたのは、ファルシという名の少年だった。

 ファルシはフィオナと同じ年頃の少年だったが、その生い立ちのせいか、とても大人びていた。

『ごめんね。私が不甲斐ないばかりに』

『どうしてファルシさまが謝るの? 私に悪いことをしたの?』

 不思議そうな顔をしているフィオナに、ファルシは困ったように微笑みかける。

『貴女がここに連れてこられたのは、私のせいだから。聖女がいなければ、この国は生き永らえることができないんだ。私にもっと、力があったのなら……貴女を自由にできたのに』

 人里で十年も暮らしていたフィオナは、聖女というものが何なのか分からなかった。自分を囲う大人たちが、国になくてはならない尊い存在なのだと言って聞かせてきても、理解するにはまだ幼くて。

 だけど、ひとつだけ見つけたものがあった。フィオナがどこへ隠れても、必ず見つけ出してしまうファルシは──フィオナのために泣いていたファルシだけは、フィオナの味方だということを。

 だから、フィオナは決めたのだ。
 いいこにしていれば、いつかきっと、また両親に逢える日が来るはずだから。

 その日までは、自分のために泣いてくれたファルシの隣で、笑っていようと。
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