亡国の聖女は氷帝に溺愛される
◇
どこからか現れた巨大な翼が広がる。その翼は落ちていくふたりの身体をすっぽりと包み込むと、緩やかにふたりを地面に降ろしていった。
ルーチェはヴィルジールから手を離し、宙に浮いている翼を見上げた。
月の色をしているそれは、翼だけになってしまったルーチェの聖獣だ。艶やかで柔らかい毛に覆われている翼は、かつては別の姿をしていた。
だけど、ルーチェは忘れてしまっていた。
何を引き換えにしても構わないから、民の命を救ってほしい、と。そう願いながら、全ての力を解放したあの日に。
「……それは、何だ?」
ヴィルジールは信じられないものを見るような眼差しで、翼を見上げている。その手はルーチェの左手を掴んでいたが、本人は気づいていないようだった。
「翼だけになってしまった、私の大切な友達です」
「魔獣とは違うのか?」
ルーチェはくすくすと笑いながら、翼へ向かって右手を伸ばした。
羽根のように柔らかな感触が、ルーチェの手をくすぐる。その懐かしいぬくもりに、ルーチェは泣きたくなってしまった。
「彼は聖獣です」
「魔獣と何が違うんだ?」
「聖獣とは、イージスの聖王と聖女、それぞれが縁《えにし》を結んでいる霊獣のことです。魔獣は人を襲いますが、霊獣は人を襲いません。イージスは人と霊獣が共存する国だったのです」
ルーチェが翼にそっと額を押し当てると、翼は空気に溶け込むようにして消えていった。
目には見えなくなったけれど、彼はいつでも傍にいる。その名も喚び方も、ルーチェはもう、知っている。
どこからか現れた巨大な翼が広がる。その翼は落ちていくふたりの身体をすっぽりと包み込むと、緩やかにふたりを地面に降ろしていった。
ルーチェはヴィルジールから手を離し、宙に浮いている翼を見上げた。
月の色をしているそれは、翼だけになってしまったルーチェの聖獣だ。艶やかで柔らかい毛に覆われている翼は、かつては別の姿をしていた。
だけど、ルーチェは忘れてしまっていた。
何を引き換えにしても構わないから、民の命を救ってほしい、と。そう願いながら、全ての力を解放したあの日に。
「……それは、何だ?」
ヴィルジールは信じられないものを見るような眼差しで、翼を見上げている。その手はルーチェの左手を掴んでいたが、本人は気づいていないようだった。
「翼だけになってしまった、私の大切な友達です」
「魔獣とは違うのか?」
ルーチェはくすくすと笑いながら、翼へ向かって右手を伸ばした。
羽根のように柔らかな感触が、ルーチェの手をくすぐる。その懐かしいぬくもりに、ルーチェは泣きたくなってしまった。
「彼は聖獣です」
「魔獣と何が違うんだ?」
「聖獣とは、イージスの聖王と聖女、それぞれが縁《えにし》を結んでいる霊獣のことです。魔獣は人を襲いますが、霊獣は人を襲いません。イージスは人と霊獣が共存する国だったのです」
ルーチェが翼にそっと額を押し当てると、翼は空気に溶け込むようにして消えていった。
目には見えなくなったけれど、彼はいつでも傍にいる。その名も喚び方も、ルーチェはもう、知っている。