亡国の聖女は氷帝に溺愛される


 どこからか現れた巨大な翼が広がる。その翼は落ちていくふたりの身体をすっぽりと包み込むと、緩やかにふたりを地面に降ろしていった。

 ルーチェはヴィルジールから手を離し、宙に浮いている翼を見上げた。

 月の色をしているそれは、翼だけになってしまったルーチェの聖獣だ。艶やかで柔らかい毛に覆われている翼は、かつては別の姿をしていた。

 だけど、ルーチェは忘れてしまっていた。
 何を引き換えにしても構わないから、民の命を救ってほしい、と。そう願いながら、全ての力を解放したあの日に。

「……それは、何だ?」

 ヴィルジールは信じられないものを見るような眼差しで、翼を見上げている。その手はルーチェの左手を掴んでいたが、本人は気づいていないようだった。

「翼だけになってしまった、私の大切な友達です」

「魔獣とは違うのか?」

 ルーチェはくすくすと笑いながら、翼へ向かって右手を伸ばした。

 羽根のように柔らかな感触が、ルーチェの手をくすぐる。その懐かしいぬくもりに、ルーチェは泣きたくなってしまった。

「彼は聖獣です」

「魔獣と何が違うんだ?」

「聖獣とは、イージスの聖王と聖女、それぞれが縁《えにし》を結んでいる霊獣のことです。魔獣は人を襲いますが、霊獣は人を襲いません。イージスは人と霊獣が共存する国だったのです」

 ルーチェが翼にそっと額を押し当てると、翼は空気に溶け込むようにして消えていった。

 目には見えなくなったけれど、彼はいつでも傍にいる。その名も喚び方も、ルーチェはもう、知っている。
< 217 / 283 >

この作品をシェア

pagetop