亡国の聖女は氷帝に溺愛される


「──宰相様ッ!! 大変です!」

 凄まじい勢いでドアが何度も叩かれている。夢の中に片足を突っ込んでいたエヴァンは、大きな欠伸をしながらベッドを出た。

 皇帝がマーズへ出立してから八日目。皇帝代理として首都に戻ってきているセシルと共に政務を執り行って、定時には帰宅し、睡眠時間をたっぷりと確保する生活にはもう慣れた。
 だが、そう思う一方で寂しさも感じていた。

「──はいはい。こんな夜更けに何事でしょうか」

 ドアを開けると、そこには騎士が膝をついていた。剣帯の色を見ると、騎士は夜間の警備担当のようだ。

「──申し上げます! 城下に火の手が上がりましたッ!」

「──はいはい、火の手ね。……え、火の手!?」

 眠気が一瞬で吹き飛ぶどころか、心臓が飛び出そうな報告に、エヴァンは両手で頭を押さえた。

「城下に火の手って何です?! 私の睡眠を妨げるほどの火事!? そ、それとも、どこかが攻めてきましたか!?」

 エヴァンは大慌てで着替え、ホールへと向かって駆け出した。後ろを走る騎士が、震える声で「分かりません」と叫ぶ。

 ホールに到着すると、セシルがエヴァンの姿を見るなり手を上げた。その傍には騎士団長──アスランの父親が険しい顔で立っている。

「──エヴァン殿!!」

「一体何事ですか!?」

 セシルは肩で息をしているエヴァンの腕に手を添えると、ぐにゃりと顔を歪めた。

「エヴァン殿は、以前城下を襲った竜のことをご存知ですよね?」

「直接見たわけではありませんが。あの時は陛下が大怪我を……」

 まさか、とエヴァンは顔を跳ね上げる。

「そのまさかです。竜が現れ、各地を飛び回りながら炎を吐き散らしています」

 セシルは蒼白な顔で言い切り、空の玉座を見る。
 今はそこに、ヴィルジールはいない。
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