亡国の聖女は氷帝に溺愛される
 ヴィルジールは先帝の十二人目の子だった。上にも下にもたくさんの兄弟がいたが、自身の即位の折に唯一慕ってくれていた弟の一人を除いて、全員を皆殺しにしたという。

 逆らう者には罰を、罪を犯した者のことは氷漬けに。慈悲の欠片もないその姿からついた渾名は、氷帝。

 皇帝になるために、実の父親をも手にかけたヴィルジールは、桁違いの魔力で人々を圧倒し、屈服させた、血も涙もない男だとか。


「──おかえりなさいませ、陛下」

 執務室へ戻ったヴィルジールを出迎えたのは、過労でふらついている側近・エヴァンだった。山のような書類を両手で抱えながら、ゆっくりと頭を下げる。
 当然、書類の山は雪崩の如く崩れていった。

「……エヴァン」

「申し訳ありません。徹夜続きで今にも召されそうなのです。私に仕事を押しつけたどこかの誰か様のせいで」

「無駄口を叩く暇があるなら働け」

 へらりと笑って、エヴァンは書類を拾い始めた。
 誰もが恐れる男を前にしても臆さないどころか、本人の前で不満を口にしているエヴァンは、この国の宰相だ。

「例の聖女様をお連れになったそうですね。どのような方でしたか?」

 エヴァンは散らばった書類を拾い終えると、紅茶を淹れてヴィルジールの前に置いた。ついでに自分の分も淹れ、ヴィルジールの執務机の側にある朱塗りのソファに身を預ける。

 ヴィルジールは紅茶を眺めながら、ぼそりと呟いた。
 ──まるで雑巾のようだった、と。
< 3 / 283 >

この作品をシェア

pagetop