兄弟の溺愛に堕ちて
「それと明日の会議の資料、これをベースにまとめておいて。」

淡々と指示を出されるたび、私は慌ただしくメモ帳にペンを走らせた。

返事をするだけで精一杯だ。聞き返す間も与えられず、次から次へと飛んでくる指示が、まるで試されているようで胸がざわつく。

――分かっていて、何も言わない。

その沈黙が一番苦しかった。

この人は、知っているのだろう。ふいに誰かと過ごす夜がある事を。

けれど問い詰めたり責めたりはしない。

ただ、業務を淡々と進める。――その大人の態度こそ、私の胸を締めつける。

昨日までは、この人に片想いしていた。

けれど今、私の体には蓮さんの体温がまだ残っている。

その温もりを抱きながら、私は目の前の社長と仕事をしている。

背筋がぞくりとした。

「……美咲?」

ふと名前を呼ばれ、ペンを握る手が止まる。




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