兄弟の溺愛に堕ちて
「すみません。大丈夫です。」

「ならいい。」

短いやりとりの後、再び空気が重くなる。

私は下を向いてメモを続けながら、唇を噛んだ。

――もう迷わないはずなのに。

心臓は、どうしてこんなに騒いでいるんだろう。

「それから、今週末の出張なんだけど。」

一真さんが書類に視線を落としたまま口にする。

「はい。」と返事をした瞬間、胸の奥がざわめいた。

「荷物が多いから、一緒に来てくれないか。」

その言葉に、心臓がドキンと跳ねる。

――どうして?

いつもなら出張は一人で行くのに。

新幹線も決まって一番前の席を取り、誰にも邪魔されず資料を読み込むのが一真さんのスタイル。

効率と集中を何よりも重んじる人なのに、今回は私を同行させたいと言う。

「了解しました。スケジュール、空けておきます。」

口から自然に出た返事とは裏腹に、心の中は揺れていた。
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