兄弟の溺愛に堕ちて
「俺、西木野といいます。事務用品を扱っている会社をやっています。」

一真さんはわずかに目を細め、握手を返した。

「西木野君か。噂は聞いているよ。若くしてよく頑張っているな。」

その口調は厳しいビジネスの場でも柔らかく、相手を包み込む。

隣で聞いているだけなのに、胸の奥が誇らしくなる。

けれど同時に――やはり私はただの秘書でしかない、と痛感する。

「お知り合いですか?」

思わず隣の一真さんに小声で尋ねる。

「うん。」

それだけ。彼は余計なことは言わない。

「久我さんのところは、事務用品どこを扱っていますか?」

西木野さんは笑顔のまま、さりげなく核心を突いてくる。

その若さに似合わぬ抜け目なさに、私は背筋が少し強張った。

「俺、会社を立ち上げたばかりなんです。よかったら、ぜひうちを使ってください。」

差し出された名刺は、まだ新しい印刷の匂いがした。
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