兄弟の溺愛に堕ちて
何気ない声に、また心臓が跳ねる。

「……そうですね。」

かろうじて答えながら、蓮さんの顔が脳裏をよぎる。

昨夜のような温もりがあるのに、今は違う人の隣でざわめいている――。

忘れたい。振り切ったはずなのに。

なのに、こうして隣に座るだけで、一真さんに心が揺さぶられてしまう。

出張先では、私は終始、一真さんの隣に控えていた。

会議や懇親会の場では、彼の口から次々と社名や人名が飛び出す。

どこへ行っても顔が利き、初対面の相手でもすぐに打ち解けてしまう。

私は黙ってスケジュールを確認し、メモを取りながら、その姿を見つめていた。

――これが社長の世界。私が立ち入ることのない舞台。

そう分かっているのに、彼の隣に立つだけで胸がざわめく。

そんな時だった。

「久我ホールディングスの社長さんですよね?」

声を掛けてきたのは、二十代前半に見える若い男性。

爽やかな笑顔で手を差し伸べてきた。
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