兄弟の溺愛に堕ちて
名刺を差し出された瞬間、私は戸惑った。

まだ二十代前半に見える青年――西木野と名乗った彼は、久我ホールディングスの社長に気さくに話しかけ、次には私たちにまで売り込みをしてきたのだ。

普通なら場違いだと思う。

だが一真さんは嫌な顔ひとつせず、受け取った名刺を指先で確かめると、穏やかに微笑んだ。

「ありがとう。今度、使ってみるよ。」

驚いた。あの一真さんが、そんな軽々しく取引先を変えるはずがない。

けれどその言葉には、相手を受け止める余裕があった。

「本当ですか?ありがとうございます!」

西木野さんは深々と頭を下げ、足早に去っていく。

私は思わず小声で尋ねた。

「よろしいんですか?まだ立ち上げたばかりの会社みたいですけど……」

一真さんはグラスを傾け、淡々と答える。

「俺だって昔はそうだった。社長になったばかりの頃、どこへ行っても相手にされなくてな。必死に頭を下げ、ようやく取引をしてもらった時のことは忘れない。」
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