兄弟の溺愛に堕ちて
次の日の朝。部屋を出ると、一真さんも同じタイミングでドアを閉めた。

「おはようございます。」

「おはよう。」

エレベーターの前で手を伸ばそうとした瞬間、すっと一真さんが先にボタンを押してくれた。

「ありがとうございます。」

直ぐに扉が開き、中に並んで入る。

その沈黙の中で、不意に——。

「……あのさ。」

「はい。」

一真さんの低い声。

視線を向けると、彼はほんの少しだけ眉を寄せて、私をチラッと見た。

「昨日の夜、何かあった?」

——ドクン。心臓が跳ねる。

まさか、何か気づかれた……?

「そ、その……」

言葉が詰まる私に、一真さんは柔らかく続けた。

「悩んでるなら、相談してほしいな。」

優しい、優しすぎる声。

その響きが、昨夜涙を流した心の奥を容赦なく突き刺す。

(ああ……やっぱり、私が欲しいのは……)

「なんていうか、泣いてたみたいだから。」

かぁーっと頬が熱くなる。

「聞いてたんですか……」

「ああ。結構大きな声だったから。」

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