赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
ハリス公国との会談前日、大公家ならびにその従者達が予定通りオゥルディ帝国に足を踏み入れた。
見せたいものがある、と言われ私が連れて来られたのは、宮廷内にあるとある部屋。
あちらからは見えない位置にある覗き窓。
そこに更に認識阻害と探知遮断の魔法を施したあと、もうすぐ来るからと言ったセルヴィス様とずっと窓の外を眺めている。
(……すっごく嫌そうなお顔をしていらっしゃるわ)
彼らが通り過ぎていくのを黙ったまま険しい表情で見つめるセルヴィス様。
私が隣にいる時に殺気だっていることはあまりないセルヴィス様にしては珍しいほど分かりやすく負の感情を纏っている。
(本当に彼が狼だったなら、今にも飛び出して喰い殺しそうね)
ハリス公国は、オゥルディが帝国を名乗り出すより前の国王の王弟、ハリス公爵が大公位を賜り自治権を得て公国となった国。
つまり治めているのはセルヴィス様の血縁にあたるはずなのだけど。
ハリス大公はセルヴィス様が皇帝位につくために行った粛清対象から外れた相手でもある。
ハリス公国が帝国に属しているとはいえ、そもそも別の国。国として独立している以上、よほどの大義名分がなければ干渉することはできないからだ。
ハリス公国は先帝の悪行とは無関係のはずだけど、何がセルヴィス様をこんなに怒らせているのか。
ふむ、とセルヴィス様とハリス公国の一行を眺めていた私に、
「……アレだ」
とセルヴィス様は指をさす。
そこにいたのは一見温和そうな中年の男性とチャラそうな青年。
「イザベラ、アレにはなるべく近づくな。特に、公子には」
公子と言われて青年の方に視線を向ける。
輝くような金髪の髪に翡翠色の目。女性受けしそうな甘い顔立ち。正直私のタイプではないけれど。
宮廷内のピリついた空気からあまり友好的な関係は築けていないのだろう、ということは察していた。
気をつけろ、という警告と事前に顔を見せるためにここに潜んでいたのか、と理解した私は、
「厄介な相手、なのですね」
静かにセルヴィス様に話しかける。
「大公はやり手だな。手を焼いている。が、そっちは俺の仕事だ。君に警戒して欲しいのはその息子の方だ」
「そんなに危険、なのですか?」
ピリピリと肌を刺すような空気に息を呑み、セルヴィス様がそんなに警戒するほど危ない相手なのかと気を引き締めた私の耳に、
「色狂いで有名だ」
真面目な声でどうでもいい情報が聞こえた。
「はっ?」
「だから、色狂いだ」
聞き間違いではなかったらしい。
が、真面目なトーンで何を言っているんだろうか、この人はと更なる疑問が頭に浮かぶ。
「本当は、奴らが帰るまで後宮どころかどこか遠くの別荘にでもイザベラを隠しておきたいくらいなんだが」
妻を娶った以上紹介しないわけにもいかなくて、とすごく嫌そうな声で話を続けるセルヴィス様。
「というわけで、奴には近づ」
「ヴィー」
ちょっと面貸せ、とばかりに仁王立ちした私が、普段のセルヴィス様には絶対呼ばない呼び方で呼ぶと、セルヴィス様は黒狼の時のように反射的に"待て"をする。
「つまりなんですか? 私があんなチャラくて脳みそ空っぽそうなアホ男に籠絡されるほど尻軽だって言いたいんですか。馬鹿にしないでください」
盛大なため息と共にそう言った私は、
「そんなくっだらないことを言うためだけに時間取らせたなら、本当にしばきますよ」
この話はお仕舞いと部屋を出て行こうとした私の手を掴み、
「……くだらなく、ない」
小さな声でセルヴィス様がそう言った。
視線をあげれば、叱られた子犬のようにしゅんとなった彼がいて。
「君はとても美しいから」
心配、なんだと歯切れ悪く話す彼は、いつもの皇帝陛下らしくなくて。
「アイツは手段を選ばない。もし、何かあっても"皇帝陛下"として場に立つ以上、俺は君を優先できない」
なんだか少し、泣きそうで。
「俺は、君を守れない」
苦しそうに事実を述べるセルヴィス様のその顔が、暴君王女の舞台裏にいるときのイザベラと重なって見えた。
見せたいものがある、と言われ私が連れて来られたのは、宮廷内にあるとある部屋。
あちらからは見えない位置にある覗き窓。
そこに更に認識阻害と探知遮断の魔法を施したあと、もうすぐ来るからと言ったセルヴィス様とずっと窓の外を眺めている。
(……すっごく嫌そうなお顔をしていらっしゃるわ)
彼らが通り過ぎていくのを黙ったまま険しい表情で見つめるセルヴィス様。
私が隣にいる時に殺気だっていることはあまりないセルヴィス様にしては珍しいほど分かりやすく負の感情を纏っている。
(本当に彼が狼だったなら、今にも飛び出して喰い殺しそうね)
ハリス公国は、オゥルディが帝国を名乗り出すより前の国王の王弟、ハリス公爵が大公位を賜り自治権を得て公国となった国。
つまり治めているのはセルヴィス様の血縁にあたるはずなのだけど。
ハリス大公はセルヴィス様が皇帝位につくために行った粛清対象から外れた相手でもある。
ハリス公国が帝国に属しているとはいえ、そもそも別の国。国として独立している以上、よほどの大義名分がなければ干渉することはできないからだ。
ハリス公国は先帝の悪行とは無関係のはずだけど、何がセルヴィス様をこんなに怒らせているのか。
ふむ、とセルヴィス様とハリス公国の一行を眺めていた私に、
「……アレだ」
とセルヴィス様は指をさす。
そこにいたのは一見温和そうな中年の男性とチャラそうな青年。
「イザベラ、アレにはなるべく近づくな。特に、公子には」
公子と言われて青年の方に視線を向ける。
輝くような金髪の髪に翡翠色の目。女性受けしそうな甘い顔立ち。正直私のタイプではないけれど。
宮廷内のピリついた空気からあまり友好的な関係は築けていないのだろう、ということは察していた。
気をつけろ、という警告と事前に顔を見せるためにここに潜んでいたのか、と理解した私は、
「厄介な相手、なのですね」
静かにセルヴィス様に話しかける。
「大公はやり手だな。手を焼いている。が、そっちは俺の仕事だ。君に警戒して欲しいのはその息子の方だ」
「そんなに危険、なのですか?」
ピリピリと肌を刺すような空気に息を呑み、セルヴィス様がそんなに警戒するほど危ない相手なのかと気を引き締めた私の耳に、
「色狂いで有名だ」
真面目な声でどうでもいい情報が聞こえた。
「はっ?」
「だから、色狂いだ」
聞き間違いではなかったらしい。
が、真面目なトーンで何を言っているんだろうか、この人はと更なる疑問が頭に浮かぶ。
「本当は、奴らが帰るまで後宮どころかどこか遠くの別荘にでもイザベラを隠しておきたいくらいなんだが」
妻を娶った以上紹介しないわけにもいかなくて、とすごく嫌そうな声で話を続けるセルヴィス様。
「というわけで、奴には近づ」
「ヴィー」
ちょっと面貸せ、とばかりに仁王立ちした私が、普段のセルヴィス様には絶対呼ばない呼び方で呼ぶと、セルヴィス様は黒狼の時のように反射的に"待て"をする。
「つまりなんですか? 私があんなチャラくて脳みそ空っぽそうなアホ男に籠絡されるほど尻軽だって言いたいんですか。馬鹿にしないでください」
盛大なため息と共にそう言った私は、
「そんなくっだらないことを言うためだけに時間取らせたなら、本当にしばきますよ」
この話はお仕舞いと部屋を出て行こうとした私の手を掴み、
「……くだらなく、ない」
小さな声でセルヴィス様がそう言った。
視線をあげれば、叱られた子犬のようにしゅんとなった彼がいて。
「君はとても美しいから」
心配、なんだと歯切れ悪く話す彼は、いつもの皇帝陛下らしくなくて。
「アイツは手段を選ばない。もし、何かあっても"皇帝陛下"として場に立つ以上、俺は君を優先できない」
なんだか少し、泣きそうで。
「俺は、君を守れない」
苦しそうに事実を述べるセルヴィス様のその顔が、暴君王女の舞台裏にいるときのイザベラと重なって見えた。