赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
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 オゥルディ帝国、皇帝陛下政務室にて。

 帝国の主であるセルヴィスは、第一秘書官オスカー・ヴァルツが持ってきた報告書を興味深そうに読んでいた。

「セルヴィス様。私にはわかりません。なぜクローゼアの姫を側妃にされたのですか?」

 オスカーは不満気な萌黄色の瞳をセルヴィスに向ける。イザベラの事は初めから気に食わなかった。
 クローゼアの王族は気位が高く差別意識が強い。帝国の人間を蛮族と罵り、侮り、愚かな戦争を仕掛けてくるような奴らだ。
 確かに一昔前であったなら、古くから存在する王家の血筋は近隣諸国にも影響を与えられるほどの力を持っていただろうが、今はそれほど利用価値の高い国とは言えない。
 暗愚な王のその娘。先の戦争の対価として人質として捉えるまでは良い。が、セルヴィスがあえて"暴君王女"と悪名高いイザベラを側妃に迎えた意図がわからない。

「今まで国内有数の貴族達がこぞって我が娘を妃にとあれほど後宮入りさせたがっても首を縦に振らなかったくせに、戦果として他国の王女を迎えるなんて……これ以上貴族達の反発が大きくなったらどうするおつもりですか?」

「あまりにも煩いなら、俺の正体を明かせばいい」

 セルヴィスはオスカーの方を見て、紺碧の瞳を細める。

「俺が人狼だと知って、なお妃になりたいと手を上げる人間がどれほどいるだろうな」

 セルヴィスには秘密があった。とはいえ、別に本人は隠す気はないのだが。
 帝国は多種多様な種族の存在で成り立っている。
 人狼。それはかつて存在した獣人族に分類される、現代では存在しないはずの種族。
 獣人族の中でも最も残虐で、凶悪と呼ばれた人狼は獣人族の長でもあった。そして、圧倒的数の力で追い込まれ、ヒト族に狩られ滅んだ。
 セルヴィスは先祖返りで、その血が濃く出た。
 それ故に彼は呪い子として冷遇され、辺境へと追いやられた過去がある。

「面倒臭いなら晒してしまえ。獣と閨を共にしたい悪食なんぞ、どうせ居ないだろ」

「……そ、れは」

 言葉を紡げなくなったオスカーにセルヴィスは興味なさげに肩を竦める。

「俺は後宮ほど無駄なものはないと思っている」

 後宮の維持には、金も人も時間もかかる。その上、多くの人間の思惑が絡むあの場所では、皇帝の寵愛を得て自分の地位を確立し、他家に足元を取られないようにと相手を蹴落とすための側妃同士の醜い争いが繰り広げられる。
 はっきり言って、それをいちいち相手にしてやるほどセルヴィスは暇ではない。

「潰し合いなら、勝手にやればいいものを」

 国を変えるために必要があったから、皇帝になった。セルヴィスにとってはそれだけの事で、いずれ国が正常に動き始めたら皇帝位を本来ここに座るに相応しい誰かに譲ってもいいとすら思っていた。
 そんなセルヴィスとって正妃決めなど正直どうでもいい内容だった。
 が、皇帝位に就いた以上周りは独り身であることを許してくれない。

敗戦国(クローゼア)の姫なら迎え入れる理由も明らかで、どこにも角がたたない」

 他国の姫ならいずれ自分がこの椅子から退く時に、人質返還の名目で返してやれる。
 ほんの数年の我慢。セルヴィスがイザベラに強いるのはそれだけのつもりだった。

「だとしても、あの"暴君王女"を宮中に入れるだなんて、やはり私は反対です」

 オスカーはセルヴィスから目を逸らし、ぐっと拳を握りしめる。
 かつて公式の場でオスカーはクローゼア第一王女イザベラの振る舞いを見たことがある。
 根っからの王族、といった振る舞いは格下の相手に対し容赦なく威圧的で傲慢。その当時イザベラはまだ14歳。あれから時を重ねた彼女は一体どれほど手を焼く存在となっているか。
 考えるだけで、胃が痛くなる。

「暴君王女、か」

 オスカーの声で飛んでいた思考が戻ったセルヴィスは、楽しげに口角を上げてそうつぶやく。

「それが全て王女様の(・・・・・・)戦略(・・)"、なのだとしたら?」

 興味深いとは思わないか? と紺碧の目がオスカーに問うた。

「……戦略?」

 セルヴィスの言葉にオスカーは眉根を寄せ、問い返す。

「クローゼアの国王が暗愚である事は疑いようがない」

 血統と格式を重んじるクローゼア。
 気づいている人間は少ないが、国を実質的に支えていたのは王妃殿下。それにセルヴィスが気づいたのは、直接王妃殿下の活躍を目にする機会があったから。
 全ては王の采配であるかのように王を立て、自身はその影に身を潜め目立つ事を徹底的に避けていた王妃殿下。その彼女が一度だけ自ら矢面に立ち、国同士による一触即発の事態を収めた事がある。
 その鮮やかな外交手腕は外野から見ていた幼いセルヴィスの記憶に鮮烈に残るほどであった。
 が、彼女は6年前から公の場に姿を表さなくなった。それと同時に国としてのクローゼアが揺らぎはじめ、これを好機と捉えた人間は少なくなかった。
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