赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「……ベラのところには、俺が行く」

 完璧に整えられたスケジュール表や資料に手を伸ばしたセルヴィスは小さな声でそう宣言し、立ち上がる。
 行く気にはなったが覇気がない。

「おや、そうですか」

 あっさり引いたオスカーは死相が出ているセルヴィスに、

「決定的に振られでもしたんですか?」

 容赦なく追い討ちをかける。

「別に、元々彼女とはそういう関係じゃ……。それに、初めからこれはただの契約で」

 歯切れ悪くセルヴィスは自分とイザベラとの関係を言葉する。
 契約、と口内で転がしたセルヴィスは、自分で言って自分で凹み、そんな自分に苦笑する。

『ただし、イザベラ・カルーテ・ロンドラインには決して惚れないでくださいね。私、ここから出て行く身なので』

 はじめから、はっきりそう言われていたのに。

『あなたにとって、嫌なことは絶対しないから』

 狼相手にそう約束してくれた彼女と過ごす日々があまりに穏やかで。

『ヴィー』

 屈託なく笑って出迎えてくれる彼女の顔が見たくなって、正体を隠したまま何度も後宮に足を運んだ。

『ずっと、一緒ならいいのになぁ』

 何気なく溢れた彼女の言葉が嬉しくて。

『この手の毒に耐性があるんです』

 平気そうに口にする彼女を害する全てが許せなかった。
 今までそうだったように、人狼であることが露見して拒絶されるのが怖くて。
 絶対に正体がバレたくない、と思っていたはずなのに、それを知っても彼女が変わらないと知り、らしくもなく欲が出た。
 先日、政務室に呼び出してわざわざ正体を見せたのに、一生懸命見えてないフリをする彼女がいじらしく。

『今日は日差しが強いので』

 わざとそのまま外に出ようとしたセルヴィスに対して秘密を守らないとと焦る彼女が可愛くて。
 躊躇いながらいつも通り狼の耳に触れ、

『相変わらずふわっふわ』

 満足げに笑った彼女がどうしようもなく愛おしかった。

『ふふ、陛下ありがとうございました』

 そういって目が合った瞬間、セルヴィスの中でずっと耐えていた理性が切れた。
 気づけば彼女に手を伸ばし、許可も得ずにその柔らかな唇を奪っていた。
 嫌がられはしなかった、と思う。
 耳まで紅くした顔を手で覆い、言葉にならない叫び声を上げた彼女は混乱したような目をしていた。
 暴君王女の仮面が剥がれた彼女の素の反応は、セルヴィスの心を満たし、そんな彼女を全部自分のモノにしてしまいたいとセルヴィスは思っていた。
 彼女が一人でなんとかしなくては、と必死に守ろうとしているクローゼアについては帝国として支援する。
 だから、契約については置いておいてこのまま隣にいてくれないか、と。
 そう続けるつもりで、イザベラと彼女の名を呼んだ。
 途端、彼女の雰囲気が変わった。
 冷や水でも浴びせられたかのように急激に冷静さを取り戻すと、まるで己の立場を思い出したかのように彼女の全てをその天色の瞳の奥に隠し、いつもの契約妃の仮面をつけてセルヴィスと明確に距離を取った。

「お話はお済みのようなので、私はこれで」

 礼をして下がろうとした彼女のことを、

「イザベラ」

 再度名を呼んで引き留めようとしたセルヴィスに、

「私、猫派なんです」

 ごめんなさい、とつぶやいて、今度は目も合わせず出て行った。
 それは、紛れもなくセルヴィスが恐れていた"拒絶"だった。

「どうせ獣人の血を引いているなら、いっそ黒豹とかなら良かったのに」

 一通り話を聞いたオスカーは、問題はそこじゃないだろと内心でツッコミを入れる。
 が、自嘲気味にそう言ったセルヴィスは明らかに落ち込んでいて、このままではいつもの冷酷無慈悲な強い皇帝陛下を演じられそうにない。
 もうすぐ大きな会談も控えているというのに、このままでは困る。
 さて、どうすべきかと主人をじっと見つめ、

「打ち合わせは気が乗らないみたいですし、イザベラ妃に会う前にセルヴィス様に一つお仕事をお願いしても?」

 本日分のお仕事は終わってますし、と紙を手渡す。

「ハリス公国にはやはり怪しい動きが見られます。秘密裏に動くには、護衛の必要がないセルヴィス様が適任でしょう」

 そこには、城外での調べ物がいくつか書かれてあった。

「専門家を一人同行させます」

 この場所で落ち合ってくださいと地図で示し、すぐさまセルヴィスを政務室から追い出した。
 完全にセルヴィスの気配が消えてから、

「……私も、甘いな」

 盛大にため息をついたオスカーは、

「どうか、我が主を頼みます。イザベラ様」

 誰もいなくなった部屋で小さくつぶやいた。
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