根暗な貴方は私の光
髪飾り
女神が舞い降りてきた。あの時、本気でそう思った。
大荷物を抱えて町中を放浪とする人間はこの時代珍しくない。宛もなく彷徨う紬と同じように仕事を求めて都会へ向かおうとする人が大勢いる。紬は生きるために金を得られる仕事を探していた。
何だっていい。力仕事でも清掃でも。金が得られるのならどんな仕事でもいい。
とにかく今は早く仕事に手を付けたかった。
「うう……」
足元に視線を落として歩いていると、紬の耳に苦しげな呻き声が届く。
声が聞こえてきた道端に目を向ければ、極度の飢餓状態に苦しむ小さな子供が蹲っていた。散り散りに破れた布を身に纏い、乾いて切れた傷口から血が流れる唇を必死に動かしている。
訴えかけられている。そう直感で感じた紬はその子供の方へ爪先を向けた。
子供の目の前まで近づくと酷い汚臭が鼻の奥を刺す。わざわざ尋ねなくともこの子供が匂いの原因であることくらいすぐに理解できた。
紬は見窄らしい乞食のような子供の前に膝を折ると、長い前髪から覗く鋭い眼光に向かって尋ねる。
「どうしたの?」
親は何処、なんて聞く必要はなかった。親が近くにいるのならば、こんな所で空腹に耐えながら蹲っている必要などないからだ。
だから、現状把握のためだけにそう尋ねる。子供は傷だらけの乾燥した唇を必死に動かし、乾いて張り付いた喉から声を絞り出した。
「……ず………喉……水………」
途切れ途切れの言葉が小さな子供の口から紡がれる。当たり前に発せるはずの言葉も声もこの子供にとっては苦痛でしかない。
子供の訴えを聞き取った紬は、下げていた鞄から水筒を取り出すと子供に差し出す。
未だ警戒心が拭えていないらしい子供は睨みつけるように紬を見上げたが、喉の渇きに耐え兼ねて水筒を奪い取った。
蓋を開けて煽るように水筒を傾ける。両方の口角から水が零れ落ちても構わず飲み続け、最終的に水筒の中の水を全て飲み干した。
「……がとう」
「どういたしまして」
空になった水筒を受け取りながら紬は子供に微笑み掛ける。こんなこと人助けでも何でもない、むしろ余計なお世話ですらあった。
一度は喉の渇きを潤すことができたとしてもその後はどうだ。一度の恵みがその後の苦しみを何倍にもする。
水筒を鞄にしまった紬は立ち上がると子供に背を向ける。水を与えるという恵み以外に何も与えてやれるものは何もなかった。
大荷物を抱えて町中を放浪とする人間はこの時代珍しくない。宛もなく彷徨う紬と同じように仕事を求めて都会へ向かおうとする人が大勢いる。紬は生きるために金を得られる仕事を探していた。
何だっていい。力仕事でも清掃でも。金が得られるのならどんな仕事でもいい。
とにかく今は早く仕事に手を付けたかった。
「うう……」
足元に視線を落として歩いていると、紬の耳に苦しげな呻き声が届く。
声が聞こえてきた道端に目を向ければ、極度の飢餓状態に苦しむ小さな子供が蹲っていた。散り散りに破れた布を身に纏い、乾いて切れた傷口から血が流れる唇を必死に動かしている。
訴えかけられている。そう直感で感じた紬はその子供の方へ爪先を向けた。
子供の目の前まで近づくと酷い汚臭が鼻の奥を刺す。わざわざ尋ねなくともこの子供が匂いの原因であることくらいすぐに理解できた。
紬は見窄らしい乞食のような子供の前に膝を折ると、長い前髪から覗く鋭い眼光に向かって尋ねる。
「どうしたの?」
親は何処、なんて聞く必要はなかった。親が近くにいるのならば、こんな所で空腹に耐えながら蹲っている必要などないからだ。
だから、現状把握のためだけにそう尋ねる。子供は傷だらけの乾燥した唇を必死に動かし、乾いて張り付いた喉から声を絞り出した。
「……ず………喉……水………」
途切れ途切れの言葉が小さな子供の口から紡がれる。当たり前に発せるはずの言葉も声もこの子供にとっては苦痛でしかない。
子供の訴えを聞き取った紬は、下げていた鞄から水筒を取り出すと子供に差し出す。
未だ警戒心が拭えていないらしい子供は睨みつけるように紬を見上げたが、喉の渇きに耐え兼ねて水筒を奪い取った。
蓋を開けて煽るように水筒を傾ける。両方の口角から水が零れ落ちても構わず飲み続け、最終的に水筒の中の水を全て飲み干した。
「……がとう」
「どういたしまして」
空になった水筒を受け取りながら紬は子供に微笑み掛ける。こんなこと人助けでも何でもない、むしろ余計なお世話ですらあった。
一度は喉の渇きを潤すことができたとしてもその後はどうだ。一度の恵みがその後の苦しみを何倍にもする。
水筒を鞄にしまった紬は立ち上がると子供に背を向ける。水を与えるという恵み以外に何も与えてやれるものは何もなかった。