根暗な貴方は私の光
 見ているだけで誰しもを魅了してしまう。きっと振り向かない男なんていないだろう。

 羨ましい。ただただ、羨ましかった。

「行く宛がないの?」

 どうして美しい容姿を持つ者は、美しい声も持ち合わせているのだろう。風鈴のように凛としていて聞いているだけで落ち着く声。
 到底紬には持ち得ないものをこの女性は持ち合わせていた。

「……家を出てきたんです」

 赤の他人に自分の境遇を語る必要などなかっただろう。こんなに綺麗な身なりをした女性に対して語ったところで、彼女に理解などできるはずもない。
 抱き寄せた膝に顔を埋めてそう吐き捨てれば、彼女は手に持っていた傘を紬の方に傾けた。
 その時始めて気が付く。辺りには土砂降りの雨が降っていた。紬の身体は雨に濡れ、感じていた寒気は雨に濡れたせいであった。

「それなら、ウチで働かない?」
「……え?」

 到底その発言が信じられなくて、顔を上げれば彼女の美しい微笑みが見下ろしていた。

 嗚呼、女神が目の前にいる。

 優しく細められた瞳は紬だけを映していて、ただ問いかけの答えを待っていた。
 彼女の言う通り、紬に行く宛など無い。このまま彼女からの誘いを断ってしまえば、再び雨に濡れてしまうことだろう。
 だから、怖かったのだ。一人で雨に濡れることの寂しさを知っているから、もう一度その寂しさを味わいたくはなかったのだ。

「私と一緒に来てくださいな」

 白く華奢な手が向けられる。彼女はこの手を取れと言いたいのだろう。
 この手を握れば自分は独りではなくなる。そう思った途端、目の前にあるのであろう幸せが紬の冷静な判断力を奪っていった。
 ゆっくりと恐る恐る彼女に手を伸ばす。その手を握りたくて、連れて行ってほしくて手を伸ばした。

「貴方は、今日から私の家族よ」

 そう言って笑った女神は紬の手を一方的に握り締め、赤い傘の中で見窄らしい一人の女を立ち上がらせた。
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