根暗な貴方は私の光
 紬が柳凪で働き始めてから数日。店仕舞いのために軒先で暖簾を外していると鏡子が入口から顔を覗かせた。

「紬、後で時間あるかしら」
「え、ええ。あるけれど」

 今だ変える場所は見つかっておらず、しばらくの間柳凪の奥にある住居に住むことになっている紬に店仕舞いを急ぐ理由はなかった。
 暖簾を外し店の扉に鍵を掛けると店の中央で紬を見つめる鏡子の元に向かう。
 彼女は何処か楽しげ笑い、手を後ろに回して何かを隠していた。紬はその事に気づかないふりをして、怪訝な表情を浮かべながら彼女に向き直る。

「いきなり何?」
「貴方に受け取って欲しいものがあってね」

 そう言って後ろに回していた手を前に出した鏡子は、両掌に小さな包を乗せていた。
 紬は何をされるのかと警戒していたのもあって呆気に取られる。そんな紬を見兼ねた鏡子は自身の手で包みを開いた。

「わあ……」

 思わず声が漏れた。いや、紬だけでなく誰でもこれを見れば声を上げることだろう。
 鏡子が開けた包の中には鮮やかな装飾が施された可愛らしい髪飾りがあったのだ。何処かで見覚えのあるものだと思って記憶を辿ると、初めて鏡子と出会った時に彼女が付けていたものと似ていることを思い出す。

「ど、どうしたの、これ」
「貴方に贈りたくて。紬ってば滅多にお洒落をしないでしょう? お洒落が嫌いなようには見えないからもしかしたら欲しがるかなと思ってね」
「お洒落は嫌いじゃないし、むしろ好きだけど……。流石にこんな高価なもの受け取れないわ」
「価値なんて考えなくていいのよ。ただ、私からの気持ちだと思って受け取ってくださいな」
「いや、そうは言われても……」

 ずいずいと髪飾りを見せつけてくる鏡子の意図は計り知れない。ただ自慢するために見せているわけではないことは先程の発言で分かることだが、贈りたいなどと言われても戸惑うばかりであった。
 中々受け取ろうとしない紬を少しは見守っていた鏡子だが、しびれを切らすと無理矢理紬の掌に髪飾りを置く。

「ちょ、ちょっと!」
「これはお守りよ」
「はあ?」
「貴方は独りではないというお守り。これがあれば私達はどこまでも繋がれるの」

 そう語って聞かせる鏡子の伏せられた瞳がやけに悲しげに見えたのは、紬の気のせいではないだろう。
 今がどのような時代であるのかなど紬だけではなく鏡子も痛いほど理解していた。
 戦争によって日に日に自由を奪われていく毎日。そんな日々を送る彼女にとって、この髪飾りは願掛けのようなものだったのかもしれない。

「……分かった。ありがたく受け取っておくわね」

 鏡子の勢いにすっかり乗せられた紬は、納得はいっていないながらもその髪飾りを受け取った。
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