根暗な貴方は私の光

出会い

 出会いとは、いつ起こるのか分からないものである。
 何の前触れもなく突然出会い、そして何の前触れもなく突然別れる。その時、まるで嵐の中外に放り出されたような衝撃が紬の身体を襲った。

「今日から家で一緒に暮らすことになった、時雨蕗(しぐれふき)ちゃんよ」

 退勤しようとしていた友里恵と店仕舞いをしていた紬を呼び止めた鏡子は、何の説明もせず一言そう言った。
 話を聞いていなかったわけではない。しかしあまりにも突拍子もないことを鏡子が言い出すものだから、紬と友里恵は呆気にとられていた。
 そんな二人に説明するよりも見せるほうが早いと判断した鏡子は、背に隠れていた小さな女の子に前に出るよう促した。
 鏡子の長身に隠れていたため二人に姿は見えていなかったが、鏡子に言われるがまま女の子は姿を現す。
 想像以上に小さな女の子だった。肩くらいの長さの癖っ毛、骨が浮き出た腕、怯えた様子の瞳、ツギハギだらけの布を身に纏う姿はまるで昔話に出てくる疫病神によく似ていた。

「蕗ちゃん、この二人はここで働く従業員であり家族なの。きっと貴方を助けてくれるからね」

 紬が現状の理解に努めている間、彼女達の間ではすでに話が進んでいたらしい。
 理解が追いつかず呆然としていた紬をよそに、蕗という名の少女の前に屈んだ友里恵は微笑みを浮かべる。

「友里恵です。これからよろしくね、蕗ちゃん」

 蕗は無口な性格なのだろう。友里恵が話し掛けても頷くだけで声を出そうとはしない。
 正直、虫唾が走った。何も話さないのに、表情を変えないのに誰かから優しくしてもらえるこの少女が腹立たしかった。
 ただの八つ当たりでしかないと分かっている。ただの妬みでしかないと分かっている。
 それでも、今の紬にとって自分の持ち得ないものを持っている人を見ていると妬みの感情が生まれるだけであった。

「紬。名前を教えてあげて」

 鏡子の声が聞こえた。少女から逸らして足元に落としていた視線を鏡子達に向ける。
 戸惑いを隠せない紬を鏡子と友里恵は優しい眼差しを向けて見守っていた。

 どうして、貴方達は見知らぬ人にそこまで優しくできるの。

 自分に持ち得ないものを持っている二人が妬ましかった。誰にでも優しさを向けられる二人の寛容さが羨ましかった。

「……紬よ」

 友里恵のようには笑えず、目を逸らしてぶっきらぼうに答えた。

「よろしく……お願いします」

 その時、離せないかと思われていた女の子は鏡子と繋いでいた手を離して頭を下げた。
 小さな小さな声だったが、その場にいた全員にその女の子の声が届く。

「……ええ、よろしくね」

 自分は、ただ妬んでいただけであった。我が儘にもないものねだりをしていただけなのだ。
 無理矢理心に蓋をして全てから目を逸らしていただけ。受け入れようと思えば簡単に受け入れられた。
 微かに女の子の表情が緩んだ気がして、紬の表情も少しだけ穏やかなものへと変わった。
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