根暗な貴方は私の光
 翌日。朝方でまだ太陽が昇りきっていない頃、紬は荷物を抱えて柳凪の扉を開けた。

「おはよう、鏡子」
「あら、早いわね。住む場所は見つけられたの?」

 薄暗い店内で机を拭いていた鏡子は、店の入口近くで突っ立っている紬を驚いた様子で見つめた。
 持っていた雑巾を胸の前で抱えて紬の元に歩み寄った鏡子は、何処か心配げに眉を下げていた。
 そんな鏡子を前にした紬は、ぎこちなくとも微笑みを浮かべる。

「ここの近くに空き家があってね。そこに住まわせてもらえることになったの」
「そう、見つかったのなら良かった。でも無理に出ていかなくても良かったのよ? 蕗ちゃんと私と三人で暮らすことだって」
「これ以上、貴方の負担にはなれないわ。今日は何をすればいい? 何でも言ってよ」

 鏡子の言葉を遮るように吐き捨て、紬は店の奥に抱えていた荷物を置く。そして小さな溜息を吐いた。
 自分は鏡子の負担である。住む場所も仕事も与えてくれた彼女に紬は負担をかけていたのだ。
 そんな中、蕗がこの店にやって来たことで一時的だが三人で暮らすことになりかけた。それまで食事も服も寝床も用意していたのは鏡子である。紬と二人で暮らすのでも精一杯であったはずなのに三人で暮らすとなると負担は倍になるのだ。
 そんな負担を恩人である鏡子に押し付けるなど紬にはできなかった。

「今日も掃き掃除をお願いしていいかしら」
「ええ、まかせて」

 紬は、前掛けを着けながら鏡子を見ずに答えた。店の奥から箒と塵取りを取り出して店内の掃き掃除を始める。
 小さな地理も大量に集まれば山となる。埃やら砂やらを箒で集めていると自分の心の中も整頓されていくようだった。

「紬」
「……ああ、友里恵。おはよう」
「おはよう。今日は早いのね」
「今日は余裕があったから早く来ようと思って」

 友里恵には一人暮らしを始めたことをまだ言っていない。彼女は、未だ紬もこの店の奥にある家屋に暮らしていると思っている。
 今すぐにでも訂正することができた。鏡子にこれ以上負担を掛けたくないから一人暮らしを始めたと今すぐに言おうと思えば言えた。
 でも、きっと彼女も鏡子と同じ反応をすると思ったのだ。独りで生きていけるのかと、わざわざ一人暮らしななんてしなくていいのではないかと。
 鏡子から向けられるその優しさが返って紬の負担になりつつあることを誰も知らなかったのだ。
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