根暗な貴方は私の光
閉店時間になる頃には当然だが客がいなくなり、騒がしかった店内に静けさが広がる。
盛況だった時間帯が嘘のようで誰一人として話すことはなかった。音という音は皆の店仕舞いのために片付けている物音くらいである。
いつもこの時間帯になると一日の終りを強く実感する。毎日同じことの繰り返しだが不思議と悪い気はしなかった。
机の上に放置された皿と湯呑をお盆に乗せていると、不意に誰かに服の裾を引かれるのを感じた。
「ん。あれ、蕗ちゃん。どうしたの?」
未だ名前を呼ぶのが照れくさいのか、蕗は誰かを呼び止める時はこうして服の裾を摘むことが多かった。
足元から見上げる彼女の表情には変わらず感情がなく、何を考えているのか分からない。
時折話を聞いていないのではないかと思うことがあるが、指示を出せばすぐに動くため不思議なものである。
「あの、これ……」
もじもじと言葉をつまらせながらなんとか声を絞り出した彼女は、背後に隠していたものを紬に見せた。
蕗の小さな掌に乗っていたのは可愛らしい髪飾りである。
「うわ、また。ちょっと、鏡子! 何度も高価なものは与えてこないでって言ったわよね!」
店の奥にいるであろう鏡子に向かって叫ぶが、返ってくるのは「いいじゃない」という呑気な声だけである。
見せただけで苛立ちを見せた紬を前に蕗は自身が怒らせてしまったのだと勘違いをする。急いで髪飾りをしまおうとする蕗を見て紬は慌てて止めた。
「ああ、待って。別に貴方に怒ったんじゃないの。これ、付けてほしいのよね?」
蕗が握っていた髪飾りを指さしそう尋ねると、蕗の表情が少しだけ晴れる。
自分の意図が伝わった喜びに目を輝かせた蕗は、強く二回頷いて紬が差し出した手の上に髪飾りを乗せた。
髪飾りを受け取った紬は蕗の身体を半回転させ、癖っ毛を少し集めると髪飾りを着けてやった。
ちょうどそこへ様子を見に来ていた友里恵から鏡を二つ受取り、一つを紬がもう一つを蕗に渡す。
紬が拭きの後頭部を鏡で映し、蕗が正面から鏡越しに自身の後頭部を見た。
「……綺麗」
鏡越しでも分かるほどに蕗の目は輝いていた。微かに頬を紅潮させ喜ぶ姿は幼子さながらである。
「紬さん」
「ん?」
珍しく名前を呼ばれた紬は驚きのあまり上擦った声を上げた。
そんな声を聞いても気にした様子を見せない蕗は、振り返って紬には満面の笑みを見せた。
「ありがとう、ございます」
全てが馬鹿らしく感じられた。自分は何を気にしていたのだろう。
こんな小さな女の子に嫉妬して妬んでいたなんて。情けないにもほどがある。
「どういたしまして」
自然に笑えていただろうか。きっと、傍で見ていた友里恵も笑っていたのだから自分も笑えていただろう。
ねえ、そうでしょう。
盛況だった時間帯が嘘のようで誰一人として話すことはなかった。音という音は皆の店仕舞いのために片付けている物音くらいである。
いつもこの時間帯になると一日の終りを強く実感する。毎日同じことの繰り返しだが不思議と悪い気はしなかった。
机の上に放置された皿と湯呑をお盆に乗せていると、不意に誰かに服の裾を引かれるのを感じた。
「ん。あれ、蕗ちゃん。どうしたの?」
未だ名前を呼ぶのが照れくさいのか、蕗は誰かを呼び止める時はこうして服の裾を摘むことが多かった。
足元から見上げる彼女の表情には変わらず感情がなく、何を考えているのか分からない。
時折話を聞いていないのではないかと思うことがあるが、指示を出せばすぐに動くため不思議なものである。
「あの、これ……」
もじもじと言葉をつまらせながらなんとか声を絞り出した彼女は、背後に隠していたものを紬に見せた。
蕗の小さな掌に乗っていたのは可愛らしい髪飾りである。
「うわ、また。ちょっと、鏡子! 何度も高価なものは与えてこないでって言ったわよね!」
店の奥にいるであろう鏡子に向かって叫ぶが、返ってくるのは「いいじゃない」という呑気な声だけである。
見せただけで苛立ちを見せた紬を前に蕗は自身が怒らせてしまったのだと勘違いをする。急いで髪飾りをしまおうとする蕗を見て紬は慌てて止めた。
「ああ、待って。別に貴方に怒ったんじゃないの。これ、付けてほしいのよね?」
蕗が握っていた髪飾りを指さしそう尋ねると、蕗の表情が少しだけ晴れる。
自分の意図が伝わった喜びに目を輝かせた蕗は、強く二回頷いて紬が差し出した手の上に髪飾りを乗せた。
髪飾りを受け取った紬は蕗の身体を半回転させ、癖っ毛を少し集めると髪飾りを着けてやった。
ちょうどそこへ様子を見に来ていた友里恵から鏡を二つ受取り、一つを紬がもう一つを蕗に渡す。
紬が拭きの後頭部を鏡で映し、蕗が正面から鏡越しに自身の後頭部を見た。
「……綺麗」
鏡越しでも分かるほどに蕗の目は輝いていた。微かに頬を紅潮させ喜ぶ姿は幼子さながらである。
「紬さん」
「ん?」
珍しく名前を呼ばれた紬は驚きのあまり上擦った声を上げた。
そんな声を聞いても気にした様子を見せない蕗は、振り返って紬には満面の笑みを見せた。
「ありがとう、ございます」
全てが馬鹿らしく感じられた。自分は何を気にしていたのだろう。
こんな小さな女の子に嫉妬して妬んでいたなんて。情けないにもほどがある。
「どういたしまして」
自然に笑えていただろうか。きっと、傍で見ていた友里恵も笑っていたのだから自分も笑えていただろう。
ねえ、そうでしょう。