根暗な貴方は私の光

衝突

 太平洋戦争が開戦してから三年という時が過ぎた。何処へ行くにも何をするにも不自由さが身体を縛り上げる。
 柳凪の業績は右肩下がりになる一方だった。戦争が本格的になってきたことで人々は不自由な暮らしを強いられ、唯一の憩いの時間だった柳凪での茶の時間は奪われつつある。
 紬達の仕事はほとんどと言っていいほど戦争によって奪われてしまっていた。
 何もすることがなくぼんやりと壁掛け時計の秒針を眺めるだけだったある時、珍しく柳凪に客が来店した。

「やってます?」

 扉を開けて顔を覗かせたのは、大柄な体躯をした如何にも軍人らしい男だった。
 その男が店の中に入るや否や数人の軍人が来店する。その中には紬達のよく知る仁武の姿もあった。

「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ」

 鏡子が店の奥から出てきて彼らを席へと案内する。この日も彼ら以外に客が来る気配がなかったため、紬達は珍しく彼らと相席することになった。
 数日前の蕗とのいざこざがまるでなかったように振る舞う仁武だが、頑なに蕗と目を合わせようとしないのは気のせいだろうか。
 久方ぶりの客に紬は意気揚々と立ち上がる。見上げるほどの大男達を相手に冷静にいられるかどうか不安だったが、存外無駄な心配だったようである。

「この近くの基地からいらしたんですね」
「ええ。ちょうど訓練が終わって時間があったので、何処かで時間が潰せないかと辺りを散策していたらこの店を見つけましてね」

 紬のわざとらしい猫撫で声に答えたのは、眼鏡が印象的な小瀧(こたき)という男である。
 むさ苦しい男達の中では一線を隔てた冷静な雰囲気を醸し出した男性だ。

「誰も知らない者だと思ってきてみたんだが、まさか風柳が贔屓にしている店だったとはな」
「いや、別に贔屓にしているというわけでは」

 風柳と呼ばれた青年は、これまでにも何度か柳凪に顔を出したことがある仁武のことである。
 生意気にも反論する仁武の肩を抱いて笑みを浮かべる大男は、この店に彼らを連れてきた(しば)という男だ。
 相当歳が離れているのか、仁武は芝の勢いに押されている。生意気に言い返す様子は見られるが、全て芝の笑い声に弾かれていた。
< 31 / 93 >

この作品をシェア

pagetop