根暗な貴方は私の光
 それからまた数日という時が過ぎた。客足が減ったとはいえ贔屓にしてくれる常連ができた柳凪は、なんとか毎日営業を続けている。
 しかし、誰よりも店を営業し続けることに拘っていた鏡子が、突然皆の休息を兼ねて店を休みにしすると言い出したのだ。
 これには呆気にとられた紬だが、この所働き詰めで身体が休みを欲していたのは事実である。休むほどではないと言いたかったがこの日ばかりは彼女に従った。何より鏡子は命の恩人なのである、逆らえるはずがなかった。

「ねえ、紬。今いいかしら?」
「何?」

 随分と改まった様子の鏡子が座って机の上に新聞を広げていた紬を呼び止めた。
 呼び止められた紬は広げていた新聞を閉じて立ち上がると、鏡子の傍に寄る。鏡子は真っ直ぐと紬の瞳を見つめてから、抱えていた包を差し出した。

「何、これ」
「これをある人の所に持って行ってほしいの。私にはもう必要がないから」

 そう言った鏡子は、半ば見せつけるように包を開いた。紬は恐る恐るその中を覗き込む。
 中に入っていたのは様々な装飾品だった。昔、鏡子が紬や蕗に贈った髪飾りや、櫛など様々な高級品があった。

「は?」

 紬は自身の声を抑えきれず、本能のままに発していた。目の前が歪み、鏡子の姿形がぼやけていく。
 意味が分からなかった。これらが必要ない、ある人という誰かの元に持っていってほしいと言う。こんな高級品を手放そうとしている。

「流石にそれはないでしょう!」

 鏡子の瞳を睨みつけて声を荒げた。少し離れたところから様子を見守っていた友里恵が身体を震わせて驚く。
 しかし、紬にとって彼女の反応も鏡子の悲しげな表情も全てがどうでも良かった。
 ただ理解できなかったのだ。こんな高級品を持っているのならずっと残しておくか、何処かに売って金にしたらいいのだ。わざわざ何の利益も得られないのに手放すなどわけが分からなかった。

「ごめんなさい。でもこうしないといけないのよ」
「だからってこんな高価な物を手放すなんて……。私には理解できないわ」
「お願い。これを残して餓死するよりも、手放して今を生きる方がよっぽど重要でしょう」
「そんなの、こんな物を持っている貴方だから言えるのよ」

 我慢の限界だったのかもしれない。いつも綺麗に着飾っていて美しさを保っていた鏡子が紬には妬ましかった。
 何もかもを捨て、何もかもを諦めた紬にとってこれらの装飾品は侮辱以外の何物でもなかったのだ。
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