根暗な貴方は私の光
 そう、この時代は女子は早く婚約することが何よりも幸せとされていた。親のためにも自分自身のためにも、早く殿方を見つけるべきであることは紬も理解している。
 それでも相手がいないのだからどうしようもなかった。稚春のように理想の殿方どころか、異性との関わりなんて全くと言っていいほど無いのである。
 強いて言えば、関わりのある異性と言うと父親くらいだろう。
 そんな状態で殿方を見つけるなど不可能に近かった。紬には焦りたくても焦ることができない話題なのだ。

「まあ、でも。自分自身が選んだ殿方と結ばれることが一番幸せなんでしょうね」
「……ご両親がお相手を選ばれたのね」

 一刻も早く娘に嫁入りをしてほしいと考える親は、娘の思いなど関係なく自分達が選んだ相手と見合いをさせることがほとんどであった。紬の父と母も互いの両親の紹介によって出会ったのである。
 それまで、稚春は殿方を見つけて幸せだから笑っているのだと思っていた。
 けれど、今の一言を聞いてそうではないと確信する。

「私にだって、恋い慕うお相手がいるのに」

 稚春が笑うのは、抗えない現実を受け入れるための自衛だったのだ。笑っていれば、見合い相手の殿方と結ばれることが幸せであると自分自身に信じ込ませられる。
 無理矢理にでも笑っていないと理不尽な世の中から逃げ出したくなるから。

「それでも、私は私の幸せが彼と一緒になることで訪れると信じるわ。それに、彼はいい人なの。出会ってそうそう悪態をついた私に対しても気さくに話し続けてくださったから」

 本当なら好きな人と結ばれたかったことだろう。自分が好きになった人と共にいることが何よりも幸せであると彼女も分かっている。
 それなのに見合いを断らなかったのは、この不自由な世界で生きていくための方法がその見合い相手と一緒になることであったからだ。
 哀れだ、可愛そうだ、あんまりだ。
 この時の紬は恋などとは無縁だと考えていたから、本当に好きな人と結ばれないことの辛さを分かってやることはできなかった。

「だから、私は彼と幸せになるわ」

 けれど、稚春は紬の可哀想なんて言葉など期待していなかった。真っ直ぐとした瞳を向ける稚春は、ちっとも哀れではなかった。

「私、いつか子供達に慕われる教師になりたいの。そして、殿方と結ばれて家庭を築く」

 白く細い小指を立てて紬に差し出した。美しい笑顔を浮かべる稚春を見ていると自然と紬も彼女に向かって小指を差し出していた。
 二人の小指が絡まり合う。満足げに笑った稚春の笑顔は紬の脳に焼き付いていつまでも離れることはなかった。

「互いに幸せになりましょう。約束よ?」

 稚春は知らない。この時の紬が何を思ってこの約束を結んだのか。
 彼女と結んだ約束は神様が与えた罰である。紬が二度と彼女との約束を忘れられないように、現実から目を逸らせなくするための罰なのである。
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