根暗な貴方は私の光
 後悔というものはしたくなくてもしてしまうもの。二十数年生きてきて痛いほど理解してきたことであった。
 今日は蕗の誕生日である。時機が悪くそうそう皆が楽しめるような雰囲気ではないが、かと言って暗い雰囲気で過ごすものでもない。
 愛妹の誕生日であるのなら一人の姉として祝ってやるのが筋である。
 いつの日か自身が寝食をした古い部屋の扉の前に立ち、数回扉を叩く。

「蕗ちゃん、大丈夫? もう昼前だけど、具合が悪いの?」

 普段ならば太陽が顔を出す前に起きているはずの蕗が今日はまだ起きて来ていなかった。
 心配に思った鏡子が紬に様子を見に行くよう頼んだのである。本人が行けばいい気もしたのだが仁武も付いていくと言われたら断れない。
 ちらりと隣に目を向ければ、真っ直ぐと部屋を見つめる軍人が立っていた。
 少し待っていると物音が聞こえ、扉を開けて蕗が顔を覗かせた。

「え……。仁武!?」
「仁武くんだけじゃなくて、皆来ているわよ」
「な、どうして?」

 眠気眼を驚きで見開かせている蕗が何とも愛らしく思わず笑みが零れた。
 隣りに立っている仁武を見れば彼も同じく笑っている。軍人であろうと今だけは楽しく笑えるらしい。

「どうしてって、今日は蕗の誕生日だろう」

 そうだ、今日は蕗の誕生日である。彼女をこうして呼びに来たのはすでに誕生日会の準備を始めているからだ。
 早く戻らなければ鏡子に文句の一つでも言われてしまうだろう。
 蕗が起きてくるのはまだ掛かりそうである。急いで戻って鏡子の手伝いをしなくては。
 
「皆、待っているから」

 仁武が蕗に向かってそう言うのを聞き流しながら紬は柳凪の店内へと戻っていく。
 店内に戻ると鏡子が席を会仕様にするために動かしていた。紬はすかさず彼女の傍に寄って同じく席の移動を始めた。
 ある程度準備が整うと小瀧と共に江波方も柳凪に顔を出してきた。少しすると蕗の友人である和加代と芝も蕗の誕生日会のために店にやってくる。
 久方ぶりに皆の顔が揃う日となった。長らく皆が望んでいた光景が目の前に広がっている。
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