根暗な貴方は私の光
 店と住居の境に立つ紬はぼんやりと準備を進めていく彼らを眺めた。
 和気藹々と皆が準備をしていると、住居へと続く扉が開かれる。紬は扉の方へと目を向け微笑みを浮かべた。

「あら、眠りのお姫様がようやく目覚めたみたいね」
「……おはよう、ございます」

 まだ寝起きで掠れた声を聞きつけた全員が揃って蕗を見る。目を擦って辺りを見渡した蕗は、目慣れない料理が並ぶ光景を見て驚きを見せた。
 質素ではあるが品数は普段の食事の倍はあるだろう。毎日訪れる客に出す柳凪の茶菓子も並んでいる。
 紬とてこれほどまでに豪勢な料理は見たことがなかった。

「さあ、主役はここに座ってね」

 鏡子と共に店の中心に椅子を並べ、その内の一つに蕗を座らせた。
 きょろきょろと周囲を見渡し悲しげな表情を浮かべる彼女は、恐らくだがかつての家族を思い出していたのだろう。
 紬にとっても彼女は家族同然に思っていた。そんな彼女が一晩の内にあっけなく死に、そしてその犯人は未だ捕まっていない。
 しかし、あれだけ巷を騒がせていた毒撒きの疫病神の噂が最近になってパッタリと耳にしなくなった。まるで疫病神がこの町からいなくなったかのようである。

「……ですよね。……笑わないと」

 意識を周囲にバラしていると、ぼんやりと辺りの声を聞いていた紬の耳に蕗の声が届いた。
 向かいに立っていた鏡子と何か話すと蕗は小さく笑みを落とした。何が理由で笑っているのか話を聞いていなかった紬には分かるはずもないが、彼女達の様子を見ている限り悪い話をしていたわけではなさそうである。

「お誕生日おめでとう、蕗ちゃん」

 女学校の制服を着た少女が蕗の前に立ち祝いの言葉を口にする。その隣には背の高い眼鏡を掛けた軍人が立っている。
 よく軒先で二人で話しているところを見かけることがあった。直接あの女学生と話したことがない紬だが、彼女を見ているだけで胸の奥にあった蟠りが大きくなる気がした。

「和加代……。こちらこそ、友達になってくれてありがとう」

 蕗と和加代の仲は随分と良さげである。年が近いこともあってか話がよく弾むようであった。
 彼らの話を静かに聞いていた紬の傍に江波方が寄った。彼が近づいてきたのと同時に小瀧と和加代が蕗の前から離れる。
 紬は江波方と共に蕗の前に歩みを進めた。
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