根暗な貴方は私の光
誕生日会も終りを迎え、日中の騒がしさなど見る影もなくなっていた。
食器を重ねて後片付けをしていると、背後で蕗と鏡子の会話が聞こえてくる。
「手伝ってくれてありがとう。でも良かったのよ、今日は貴方が主役だったんだから」
「気にしないでください。あれだけ良くしてくださったんですから、これくらいしたいんです。お礼くらいさせてください」
二人の会話を聞き流しながら食器を台所に持っていくと、なんとか役割を得たらしい蕗が台所へと向かってきた。
差し出された食器を受け取りながら蕗の顔を見る。先程まで楽しげに笑っていた顔からは笑顔が消えていた。
「考え事?」
「え、えっと、まあ」
「悩んでいるのだったら話してくれたら良いからね。話したくないなら無理強いはしないけれど」
「話せないと言うか、話しにくいと言うか……」
人間誰しも秘密の一つや二つある。現に紬にだって隠し事は多くあった。
だからそう訪ねながらも無理強いするつもりはない。話したくないのなら話したくないと言ってくれてよかったのである。
しかし、少し考え込んだ蕗はその迷いのない瞳を紬に向けた。
「江波方さんに兄弟っているんですか? 特に弟とかって」
「江波方さんに兄弟が?」
思わずオウム返しに質問し返してしまった。何を聞かれるかと思えば、蕗の口から江波方に関する話題が出てきたからである。
突然彼の名前を挙げられ紬は分かりやすく動揺してしまった。幸い蕗は自身の手元に視線を落としていたため気づかれてはいないだろう。
「そういえば、話しているところを見たことがあったわ」
「え! 本当ですか!?」
咄嗟に口をついて出たのはそんな嘘であった。話しているところを見たというのは誤魔化すための嘘。
まださほどあの出来事から時間は経っていない。友里恵が死んだあの日に彼が店を出る前に語った話が蘇る。
「見たと言うか、聞こえたという方が良いかしら。前にね、芝さんと話していたのよ。『弟を見つけた』って」
「や、やっぱり……。江波方さんはこの町に洸希がいることを知っていたんだ。だからあの時、私達を追いかけて……」
蕗は顎に手を当てると何やらぶつぶつと呟き始めた。「洸希」という名が誰を指しているのか紬には知る由もない。
しかし、何故蕗が江波方に兄弟がいることを気にするのかが紬の気を引いた。
聞き返そうかとも思ったが彼女は自分だけの世界に入って考え込んでいるようである。到底割り込んで聞けるような状況ではなかった。
「聞きたかったことはそれだけ?」
「はい。聞きたかったことは聞けました。すみません、時間を取らせてしまって。ありがとうございました」
律儀にお辞儀をしてまで感謝の意を述べた蕗は台所を出ていく。
そんな彼女の後ろ姿を見つめて、紬は微かな心の痛みに顔を顰めた。
食器を重ねて後片付けをしていると、背後で蕗と鏡子の会話が聞こえてくる。
「手伝ってくれてありがとう。でも良かったのよ、今日は貴方が主役だったんだから」
「気にしないでください。あれだけ良くしてくださったんですから、これくらいしたいんです。お礼くらいさせてください」
二人の会話を聞き流しながら食器を台所に持っていくと、なんとか役割を得たらしい蕗が台所へと向かってきた。
差し出された食器を受け取りながら蕗の顔を見る。先程まで楽しげに笑っていた顔からは笑顔が消えていた。
「考え事?」
「え、えっと、まあ」
「悩んでいるのだったら話してくれたら良いからね。話したくないなら無理強いはしないけれど」
「話せないと言うか、話しにくいと言うか……」
人間誰しも秘密の一つや二つある。現に紬にだって隠し事は多くあった。
だからそう訪ねながらも無理強いするつもりはない。話したくないのなら話したくないと言ってくれてよかったのである。
しかし、少し考え込んだ蕗はその迷いのない瞳を紬に向けた。
「江波方さんに兄弟っているんですか? 特に弟とかって」
「江波方さんに兄弟が?」
思わずオウム返しに質問し返してしまった。何を聞かれるかと思えば、蕗の口から江波方に関する話題が出てきたからである。
突然彼の名前を挙げられ紬は分かりやすく動揺してしまった。幸い蕗は自身の手元に視線を落としていたため気づかれてはいないだろう。
「そういえば、話しているところを見たことがあったわ」
「え! 本当ですか!?」
咄嗟に口をついて出たのはそんな嘘であった。話しているところを見たというのは誤魔化すための嘘。
まださほどあの出来事から時間は経っていない。友里恵が死んだあの日に彼が店を出る前に語った話が蘇る。
「見たと言うか、聞こえたという方が良いかしら。前にね、芝さんと話していたのよ。『弟を見つけた』って」
「や、やっぱり……。江波方さんはこの町に洸希がいることを知っていたんだ。だからあの時、私達を追いかけて……」
蕗は顎に手を当てると何やらぶつぶつと呟き始めた。「洸希」という名が誰を指しているのか紬には知る由もない。
しかし、何故蕗が江波方に兄弟がいることを気にするのかが紬の気を引いた。
聞き返そうかとも思ったが彼女は自分だけの世界に入って考え込んでいるようである。到底割り込んで聞けるような状況ではなかった。
「聞きたかったことはそれだけ?」
「はい。聞きたかったことは聞けました。すみません、時間を取らせてしまって。ありがとうございました」
律儀にお辞儀をしてまで感謝の意を述べた蕗は台所を出ていく。
そんな彼女の後ろ姿を見つめて、紬は微かな心の痛みに顔を顰めた。