根暗な貴方は私の光
 そんな女性の話を聞いたからこそ、紬は自嘲的に笑う鏡子が許せなかった。
 愛してくれる親がいる。帰りを待っていてくれる親がいる。身の安全を心配してくれる親がいる。何より、血の繋がった家族が生きている。
 紬はどれだけ願っても父と母に会うことはできない。それなのに手が届く距離に母親がいる鏡子が、自ら親と距離を置いているという事実に虫唾が走った。
 
「そんなこと」

 …………ウ─────ン。
 ウ─────ン。

 ぴたりと紬の動きが止まった。我慢ならず立ち上がって怒鳴りつけようとしていた紬は、“その音”を耳にして中腰の状態で動きを止める。
 鏡子もまた“その音”を聞いて表情を引き攣らせた。

「……警報?」

 “その音”が空襲警報であると気がついた次の瞬間、けたたましい爆発音と共に柳凪の建物が大きく揺れ動く。
 これは地震などではない。さほど遠くはない位置に爆弾が落とされたのだ。
 途端に店の外が騒がしくなる。紬は鏡子の傍を横切って店の扉を開けた。
 扉を開けると激しい熱風が彼女の身体を襲う。思わず腕で顔を覆い、少ししてから目を開けて目の前の光景に絶句した。

「何よ、これ……」
「紬、急いで! 逃げないと!」

 背後で鏡子の叫び声が聞こえた。振り返れば血相を変えた鏡子が荷物を詰めている。
 嗚呼、そうか。始まってしまったのか。戦争が。
 店の前の大通りは逃げ惑う人々で埋め尽くされている。まとめた荷物を持って逃げ出そうとした二人だが、荒波に飲まれたように軒先で立ち往生する羽目になってしまった。

「どうしましょう……」

 紬の胸の奥に激しい焦りが込み上げる。普段、滅多に焦りなどを見せない鏡子が蒼白した顔を周囲に向けながら焦りを見せているのもあって、余計に紬の中で不安が募った。
 そしてその時、一際大きな不安が紬と鏡子を襲った。

『蕗ちゃん』

 声を揃えて呟いた二人は絶望に蒼白した顔を見合わせた。
 蕗は今、鏡子の頼みで使いに出ている。かなり時間が掛かっているようで未だに帰ってきていなかった。
 もしかしたらすでに防空壕に逃げ込んでいるかもしれない。二人が逃げ遅れているだけで彼女は逃げている可能性だってある。
 けれど二人の不安は時間の経過と共に大きく膨れ上がる。人々の群れの中を探し、そして彼女の姿がないことに気がつくと落胆した。
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