根暗な貴方は私の光
「うわああああ! 嫌だ! 嫌だあ!!」
「やめろ、やめろ蕗!」
どれだけ耳を塞いでも、爆発音と破壊音と蕗の泣き叫ぶ声が鼓膜を突き破らん勢いで揺らした。
見ていられなかった。目の前で崩れていく宝物が消えていく。
柳凪の建物が崩れるのと同時に、柳凪で鏡子達と過ごした時間が蘇ってくる。
少し前まで記憶を遡れば、友里恵も鏡子も何気なく生きていて、毎日借りている長屋から出勤すれば二人が優しく迎え入れてくれていた。
紬が出勤して日課の机の拭き掃除をしていると眠そうな蕗が起きてくる。彼女の心を許した無防備な姿を見て紬達は笑みを落とすのだ。
幸せだった。あの頃は紛うことなき幸せな時間であったのだ。
それなのに、それなのに。
ずっと続くと思っていた幸せはいとも簡単に壊されていく。友里恵を失い、鏡子を失い、柳凪という居場所を失った。
この世界に生まれ落ちてから紬は大切だと思うものを失ってばかりであった。
「逃げよう」
絶望に思考することを拒んでいた脳を仁武の言葉が上書きする。一同がその声を聞き取り彼に視線を向けた。
紬の視線の先には、蕗の身体を抱き締め真剣な眼差しで瓦礫の山と化した柳凪を見つめる仁武がいる。
紬も江波方も仁武の言葉を聞いてぽかんと口を開けて固まった。
「逃げよう、俺達はまだ生きている。ここから南に行けば、学校があったはずだ。そこならすでに敵軍の影響を受けた後だろうから、もう一度狙われるなんてことはないはず。それにそこの近くには川がある。逃げるならそこしかない」
「待ってくれ、この先は山岳地帯だ。風が強くて、火の広がり方がここらとは比にならないほど激しい。今から行くなんていくらなんでも危険すぎる」
「それでも生きるためだ。きょーこが蕗を庇って死んだ。それなのに俺達はここで野垂れ死ぬんですか?」
仁武の迷いのない提案に江波方はすかさず止めに入った。彼が止めるのも無理はない。仁武が言っていることは命知らずとも取れる無謀な提案だったのだ。
けれど、江波方に止められようとも仁武の決意は変わらないらしい。真っ直ぐな目をする彼を見ていた蕗が突然立ち上がった。
「学校が駄目なら、川がある!」
立ち上がった蕗は仁武の手を取り走り出す。彼らの真っ直ぐな決意に感化された紬は伏せていた顔を上げ、江波方に向き直った。
未だ江波方な不安に歪んだ表情を浮かべていた。そんな彼を勇気づけるために紬は涙を拭い、彼の手を取る。
「行きましょう。一緒に」
紬が迷いを見せない目でそう言えば、小さく笑った江波方は紬の手を取った。