恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない
第二話
「みなさん、本当にありがとうございました」
先輩たちから、たくさんの拍手を受けて。
もう一度深々と、頭を下げる。
この日、年度内最後の『委員会』が無事終了した。
体育祭と文化祭に加えて、部長会も。
これで当分、することがなにもない。
僕は委員長という重責から、ようやく解放されて。
やっと、やっと自由の身になれるのだ!
左隣で同じように、副委員長の三藤月子が振る舞っている。
少々の変化があったとはいえ。
基本的には部活内の誰かとしか、会話しない先輩だけれど。
お辞儀するだけなら、『しゃべらなくていい』ので。
誰よりも姿勢正しく、付き合ってくれている。
加えて、右側でも。
赤根玲香、波野姫妃、高嶺由衣の三人が同じく……って。
……ダメだ。
あの三人は、お互いにキャアキャア喜んで。
ハイタッチし合っているじゃないか。
その瞬間、新聞部のカメラのフラッシュが光ってしまう。
「あの……撮り直しません?」
「幹部のふたりと、部員たちのギャップがなかなかいいから平気っ!」
新聞部の新部長は、そういうと。
カメラマン役の生徒に、別の写真を撮りにいくよう指示を出す。
基本、年に何回かしか発行されない校内新聞。
いつ出るかわからない、次号の写真は。
ひきつった顔の三藤先輩と僕が、また掲載されてしまうのか……。
「あの……まだ部員。あとふたりいるので撮り直しませんか?」
それだけは避けようと、僕はなんとか食い下がる。
いや、そうじゃなくて。
三年生の都木美也先輩に、二年生の春香陽子先輩も。
委員会のときだけは、僕たちと対面するように座っていたけれど。
文化祭実行委員長と書記というのは仮の姿で、おふたりとも大切な放送部員だ。
「なのでお願いです! みんなの写真を撮ってくださいっ!」
「は、はい……」
おぉ! 交渉成立だ。
ひょっとして、少しはコニュニケーション能力がアップしたのかと。
僕はつい、勘違いしたのだけれど。
「わ、わかりました……」
「えっ?」
新聞部長の目線を追って、僕も振り返ると。
あぁ……そっち、だったのか……。
「まぁ、当たり前だよねっ!」
藤峰佳織。我らが女王、というか放送部顧問が。
僕のうしろで得意げな顔でアピールしていて。
先生に引っ張られてきた都木先輩と、春香先輩のうしろで。
副顧問・高尾響子が必死になって。
左手でスカートをパタパタしながら、右手で前髪を直している。
なんだか、一気に四人も増えて。
新聞部長が仕方ないなぁという顔をしている。
「いや〜、遠慮のない部長で悪いねぇ〜」
藤峰先生が、明るい声でサラリといって。
「肩とか背中に、パンついてないよね?」
自分が食べてきたくせに、僕にしっかりチェックしろと。
低い声で威嚇する。
だいたい背中なんて、写りませんから……。
「おぉっ! 記念撮影か!」
「へっ……?」
柔道部元部長の、田京一が野太い声を出す。
それにつられて、解散したはずの参加者が続々と集まり出す。
「よし! 海原と委員会のメンバーを中央にまずは三年だけで撮ろう!」
バレーボール部元部長の長岡仁が、僕の肩をガッシリつかんで隣に立つ。
「えっ?」
「遠慮するな。なんせお前には、中央に立つ資格がある!」
ほめてもらえるのはうれしいけれど、センターはさすがに……。
「いや、海原。お前はな……」
そういいかけた、長岡先輩に。
「ちょ、ちょっと待って!」
都木先輩が、慌ててあいだにはいって。
「長岡君、い、いまはね……」
「お、おう。そ、そうだったな。悪りぃ」
なんだか、よくわからないけれど。話しの続きがうやむやになる。
「あ、あの。高嶺さんよかったら!」
「な、波野さん。よかったら!」
あぁ……田京先輩と、剣道部の元部長が。
文化祭の『特盛うどん』と『特製蕎麦』押し売り合戦をまた、再現している。
校門から続く並木道の、柔道部うどんと剣道部蕎麦の出店の前で。
衆人注目の中、両部員が入り乱れてふたりの名前を連呼し続けて。
お互いが、食べ終わるまでのあいだ。
取り囲まれ続けたあの記憶がよみがえる。
そのときの、トラウマのあまり。
さっきまでうるさかったあのふたりが。
玲香ちゃんのうしろに隠れて、なにもいえずに固まっている。
「はいはい! せめて少し、離れて立つんだよ〜」
さすがは、都木先輩。
田京先輩たちは、極めて従順に。
「お、おう……」
「こ、これくらいで立てばいいか?」
そういって、適度な距離感をつくっている。
「じゃぁ姫妃も由衣も、ちょっとだけ笑ってあげてね!」
「は、はい……」
「が、がんばります……」
まるで、その雰囲気につられるように。
ふたりだけでなく、皆がゾロゾロと並びだす。
そしてふと気配を感じると。
三藤先輩が、僕の隣に。
た、立ってくれているじゃないか!
……め、珍しい。
他人との集合写真なんていままで。
自分からは絶対に、混ざらなかったはずなのに……。
「ふ〜ん」
なにか、そんな声がしたかと思ったら、僕たちのうしろには。
藤峰先生と高尾先生、それに春香先輩がちゃっかり並んでいて。
「海原君、しゃがんで」
「もう少し、背伸びして」
「昴、いいから普通にしといて!」
同時には不可能な要求を、容赦無くつきつけてくる。
こうして、三年生たちの位置が定まったのだけれど。
でも……あれ?
都木先輩は、どこに立つのだろう?
……月子が、自ら海原君の隣に並んだ瞬間を。
わたしは、見逃しはしなかった。
いままでのあの子なら、そっと教室から出ていくのが普通で。
放送部の誰かが、無理やり誘ったとしても。
一番端のほうに、立っていたら驚くくらいだったはずなのに……。
ただ、月子のその表情は。
堂々と彼の隣に、立つというより。
無意識で、海原君のそばにいる。
そんな感じに、わたしには見えるかな?
でも、月子がそうやって『自己主張』してくれたことが。
わたしは、実は。
……ちょっぴりうれしかった。
ただね、月子。
わたしはもう、二回も気持ちを海原君に伝えたんだよ。
それに、今回は。
みんなを並ばせたわたしに、ご褒美をもらうからね!
わたしは、カメラマンの子に。
こっそりと、お願いを伝えてから。
放送部のみんなと、三年生たちが並ぶその列に向かって歩き出す。
月子と、ちょっと目が合った。
月子って、自分の気持ちとかはなかなかわからないのに。
こういう狙いは、すぐわかるよね。
玲香、ごめん。
いまは、それどころじゃないよね。
田京君たちの横でうろたえている、姫妃と由衣の。
面倒を見てくれて、ありがとう。
でもわたし、あなたたち三人よりは。
色々と苦労しているから、許してね。
あと、海原君のうしろの三人!
揃いも揃って、なんだかいいたそうな顔をしてますけど。
わたしだって、たまには。
自己主張くらい、したっていいですよね?
「……長岡君、ちょっとごめんね」
「お? お、おぅ……」
「えっ、都木先輩?」
わたしは、長岡君に海原君から離れてもらって。
「きょうはここで、写真撮ってもらうの」
さすがに声にはしなくて。
心の中でだけ、高らかに宣言してから。
大好きな、海原昴の隣に。
……迷わず立った。
両隣に、月子とわたし。
うしろには、陽子と佳織先生と響子先生。
すぐ近くには、玲香と姫妃と由衣。
「はい、チーズ!」
こうして撮った、みんなの写真はずっとずっと。
わたしたちの、宝物になるだろう。
わたしは、このとき。
そう信じて、疑っていなかった。
……美也ちゃんと、目が合って。
絶対にわたしの逆側の、海原くんの隣に立つと。
なぜかすぐに、わかってしまった。
いままでの、わたしなら。
「集合写真なんて、必要ないわ……」
そういって、先に部室に戻れたはずなのに。
なぜかきょうは、ここにいたいと思ってしまった。
いや、それだけではなくて。
……気づいたら、海原くんの隣にいた。
海原くんと三年生の、記念写真だというのに。
わたしが隣にいる必要は、どこにあるのだろう?
副委員長だから?
その責任感で、ここに残ったとは思えない。
海原くんが、いるから?
別に、いいじゃない。集合写真で、卒業する先輩たちと写ろうとも。
深く、気にすることはないわ。
「……きょうはここで、写真撮ってもらうの」
美也ちゃんはきっと、心の中にとどめたつもりよね?
でも……聞こえてしまったの。
そしてわたしは、そのとき。
……美也ちゃんと海原くんがいるからなのだと、気がついた。
「あのふたりだけで写るのが、嫌なの」
思いがけず、そんな自分の心の声が聞こえた気がして。
わたしの頭は、混乱する。
ただの、集合写真なのよ。
わたしの心が、狭いから?
わたしって、そんなに意地悪なの?
美也ちゃんは、海原くんが好き。
それがわかるから、わたしは……。
……『嫉妬』という言葉を。
辞書で、引いたことはある。
漢字で、書いたことはある。
様々な本でも、何度も出てくる感情だ。
ただ、その言葉を意味を。
もし、わたしの心で感じたそすれば。
それは、わたしの心の中に。ある感情の存在が……。
「あの……先輩?」
ふと、わたしを呼ぶ声が聞こえた。
「三藤先輩?」
海原昴が、わたしを呼ぶ声だ。
「撮影、終わりましたよ?」
「えっ、そうなの!」
その瞬間、美也ちゃんとも目が合った。
「う、海原くん……」
そうわたしが呼びかけるより。
彼の名を呼ぶ声が、あちこちから畳みかけてきて。
三年生たちが、海原くんを取り囲んでいる。
立ち尽くした、わたしの手を
美也ちゃんがそっと、握ってくれて。
……それから。
「ふたりで話したいんだけど、いいかな?」
……美也ちゃんがそう、わたしに告げてきた。