恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない

第三話


「ちょっと、聞いてる海原(うなはら)? いきなり中間試験だよ!」
 委員会から、数日後。
 中央廊下で、高嶺(たかね)由衣(ゆい)がなにか吠えている。

「いきなりって……ちゃんと行事予定表に、書いてあっただろ?」
 僕の指摘に、アイツはわざわざ大きなため息をついてから。
「アンタってさ……そういうとこが思いっきりダメだよねー」
 失礼なことを、サラリというと。
「やっぱコイツ、ダメだよねぇ……」
 ブツブツと、同じようなセリフを繰り返している。

「ちょっと、雑念が多いよー。そのポスターは、右側に貼ってもらえない?」
「えっ、さっきと逆じゃないですか?」
「そうだっけ? まぁ、貼ってあればいいんでしょ?」
 ……この、適当さ満載の指示は。
 我らが顧問・藤峰(ふじみね)佳織(かおり)によるもので。

 廊下で捕まった僕は、脚立にのぼらされた上。
「こ、この高さでいいですか?」
「うーん、読みにくいからさぁ。やっぱり、脚立より下に貼ってくれない?」
 ……そうやって、オモチャにされている。

 で、高嶺はその横で。
 ……えっと。
 なにしてんだっけ? 野次馬?

「違うから! 部室いく前に、アンタが捕まったんでしょ!」
 わ、わかったから。
 頼むから……ガシガシ脚立を、蹴飛ばさないでくれ。
「ねぇ、わたしもやっていい?」
「ちょっと、教師ですよ! 自重してくださいよ!」
「なら先生。せっかくだし、同時にやりません?」
「よし。じゃぁ、わたしがカウントするねっ!」
「ダ、ダメですって! ふたりとも危ないですよっ!」


 そうやって、先生の暇つぶしに付き合わされていたところ。
「おっ! 相変わらず放送部は働き者だな」
 元バレー部の長岡(ながおか)先輩が、たまたまとおりがかって。
「あっ、どうもこんにち……」
 僕が挨拶を返そうとしたところ。

「そうだ! 海原、臨時委員会はいつになった?」
「……はい?」
 また、よくわからないことを質問される。
「そうそう、いつになったの?」
 続けて、たまたま横にいた吹奏楽部の元部長も聞いてくるけれど。

 ……いったい、なんの話しですか?


「あっ!」
 藤峰先生が、いきなり。
「わたし職員室で、パン焼いてたの忘れてたぁ〜。じゃ、あとはよろしく!」
 あからさまな嘘と、明らかになにか知っている顔で。
 そのまま逃げ出そうとする。

「佳織先生?」
 高嶺が野生の勘で先生を捕食、じゃなくて捕獲しようとしたところ。
「……えっと、中間試験後に追って連絡しまーすって、月子(つきこ)ちゃんがいってたよ」
 絶妙なタイミングで、藤峰先生の相棒・高尾(たかお)響子(きょうこ)が登場して。
 三藤(みふじ)先輩がいうわけないセリフを、平気で口にする。

「じゃぁ『美也(みや)ちゃん』。なにか知ってません?」
「えっ、わたし?」
「え? 都木(とき)先輩?」
 これまた、ものすごい偶然で。
 アイツが先輩を見つけて、聞くけれど。
 都木先輩、さっきなんだか。
 そっととおり過ぎようと、していませんでした?

 ちなみに、都木先輩からの『引退祝い』とかいう申し出により。
 なんだか、放送部は今後『先輩』とは呼ばずに。
 呼ぶときは『ちゃん』づけに、することになったらしい。
 まぁ、僕だけが例外なのは……いつものことだけど。

「美也ちゃん、知ってます?」
 高嶺が、再度迫って。
「えっ、わ、わたしは……」
 都木先輩が、なぜか返答に困っていると。


「……中間試験後に、お話しするわね」
 なんだか、ふたりの先生よりやや『ご年配』の声がして。
「それまで、待ってもらえないかしら?」
 あぁ、なんだ。校長か。
 ……って、えっ?
 校長先生じゃないですかっ!

海原(うなはら)(すばる)君。先ほどなにか、ひとこと余分だったようですけれど?」
 ゲッ、独り言にもしていないのに。
 なんで聞こえてるの……。
「顔に書いてあるじゃないの。まったく……」

 校長はそういうと、脚立の陰に隠れた藤峰先生と高尾先生をチラリと見る。
「……だってよ、みんな?」
「……そうそう、そういうことで、ね?」

「り、了解しました」
「し、失礼しまーす」
 長岡先輩と吹奏楽の元部長が、校長に一礼して消えていく。

「海原君、高嶺さん。それに都木さんも」
 校長は、笑顔で僕たちを見ると。
「試験が終わったら、またよろしくね」
 そういうと、声色を少し強めにして。
「そこのふたりは、会議があるはずよ。ほらほら、サボらない!」
 まるでふたりを引きずるようにして、消えていった。


「……アンタはわかるけど。なんでわたしの名前も、知ってるわけ?」
「校長だから、そんなもんじゃないのか?」
「そうなの?」
「え、違うの?」
 お互い、よくわからない。
 僕が、そう口にしようとしたとき。
「また、やられちゃったね〜」
 都木先輩が、ある事実に気づかせてくれた。

 あぁ……藤峰先生が。
 ちゃっかり、掲示物の残りを脚立に乗せたままで……。
 おまけに、高尾先生が。
 追加のポスターが入った箱を、その横に放置して逃亡した。

 遠くに消える、ふたりの教師たちが。
 腰のあたりで小さく、手を揺らす。
「もしかして、校長もグルなの?」
 高嶺の疑問、いや野生の勘は。
 ときに、バカにはできない精度があるので。

「……わからん」
 僕は、正直そう答えることしか。
 このときは、できなかった。





 ……中央廊下の角を、曲がろうとしたそのとき。
 向こうからやってきた、三藤さんがわたしに気がついて。
 とてもきれいに、お辞儀をしてくれた。

 隣にいた赤根(あかね)さんと、春香(はるか)さん。
 それに波野(なみの)さんが、慌ててそれに続いて。
 わたしたちが、とおり過ぎたそのあとで。
「ちょ、ちょっと! いきなりとまらないでよ」
「先生たちかと思ったら、校長までいたからビックリした〜」
「月子だけ、優等生ぶっ・て・た・〜」
 なんだか、楽しそうな声で話している。

「……いいから、海原くんを探すわよ」
 なるほど、『あの彼』が遅いから。
 待ちきれなくて、探しにきたのね。
 それからすぐに、いくつもの重なった声が響いてくる。
 きっとあの子たちは、これからみんなで。
 脚立の前の置き土産を、仲良く貼りはじめるのだろう。


「……あの子たちなら、やれそうね」
 わたしは隣のふたりに、思わず感想をもらす。
「はい。ただ……少々、人間関係が複雑で」
「佳織先生、いいじゃないの」
「あなたたちだって。散々色々、あったでしょ?」
「それをいわれると、なにもいえませんよねぇ〜」
「あら。そんなことを響子先生がいうなんて……」
「えっ?」
「少しは『まとも』に、なったのねぇ」
「か、からかわないでくださいっ!」

 思わず、『あの頃』のことを思い出す。
 元顧問として、元部員たちを前に。
 いつもより早口になって、つい諭すように……。

「いいこと? 後輩たちに、無理をさせない」
「はい!!」
「なにかあったら、あなたたちが。必ず、守ってあげてよ?」
「わかりました!!」


 偶然とおりかかった、ベテランの日本史の教師が。
 完璧に揃ったふたりの返事を耳にして。
「ほう……」
 思わず、そんな声をあげている。
「わたしたち、絶対怒られてると勘違いされた!」
「そうそう、あの先生。わたしたちの担任もしてたんだよ!」

 ……そうね。

 わたしも、あなた『たち』の担任でしたし。
 顧問でも、ありましたよ。



「……いい風が、吹きそうですな」
 ふたりを、職員室に送り届けたあとで。
 わたしを新人時代から知る、物理の先生が。
 わざわざ近くまできて、ボソリとつぶやく。

 前が見えにくそうなくらい、曇ったそのメガネの奥にはおそらく。
 取り戻したくても、手の届かない。
 そんな懐かしい光景さえ、はっきりと見えているのだろう。


 この校内に、新しい風が流れはじめた。
 もしこの先、『丘の上』に関わるすべての人たちが。

 ……学校が、変わった。

 そんな想いを、抱いたとしたら。

 その物語のひとコマに。
 きっとこのときの、風景を加えるだろう。


「……中間テストのあとが、楽しみね」

 校長としては、中間テストの『結果』を。
 楽しみにしたほうが、よいのだろうか?



 ただ、わたしは正直なところ。
 中間テストの、『終わったあと』のほうが。


 ……いまはとても、待ち遠しかった。




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