恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない

第五話


 中間試験の、最終日。
 本来は絶好の『部活日和』、なのだけれど。

 ……珍しくこの日は、オフになった。


「……まぁ別に、基本集まってるだけなのでいいですけど?」
 その、前々日。
「部長と副部長、ちょっといいかな?」
 非常に珍しい、呼びかけと共に。
 藤峰(ふじみね)先生と高尾(たかお)先生が、どうしても放送室を使わせてくれと。
 少し真剣に、僕たちに頼み込んできた。

「もしかして。パンでも食べながら、採点したいとかですか?」
海原(うなはら)君は、教師をなんだと思ってるのよ?」
「ほかに理由が。思いつきません」
「もう、月子(つきこ)。あなたまでそんなことを……」

 そういわれても。
 常日頃の、先生たちのおこないからしたら。
 それくらいしか、理由が思いつかないんですけれど……。


「あのね、実は……」
 どうやら、予想外に今回は真面目な話しで。
 生徒個別の入試対策に、集中して臨みたいらしく。

「……あのふたり、本来は英語教師でしたもんね」
「たまには、仕事をしているとわかって。少し安心したわね」
 先生たちが退出したのを、確認してから。
 僕は三藤(みふじ)先輩と、素直な感想を語り合った。


「熱心な生徒が、いるんですね」
「そうね。きっと本気で入りたい大学が、あるのよね」
 対象の生徒が誰かなのかは、特に聞かなかったけれど。
 その人が、合格するといいなと。
 僕は、そんなことをふと考えた。

「……ねぇ、海原くん」
 三藤先輩は、僕を呼ぶと。
「来年は、わたしが受験生よ?」
 突然、そんなことを口にする。

「そ、そうですよね」
「はい、そうです」
 ほかに誰もいない、中央廊下を並んで歩きながら。
「……本当に、わかっているのかしら?」
 先輩は、ボソリとつぶやいてから。

「応援するときは、きちんと本人に伝えたほうが。いいんじゃない?」
 今度は、はっきりと。
 階段の前で僕に告げると。
「それでは……ご武運を」
 妙な、激励の言葉を僕に残して。
 二年生の教室へと、あがっていった。



 前日になり、みんなに明日は休みだと発表すると。
「まぁどうせ、パンでも食べながら採点したいんでしょ?」
「えっ……」
 僕の知的レベルって、高嶺(たかね)と同じなのか……。

「それは昨日、海原くんが聞いて否定されたたわよ」
「ゲッ。コイツと同じ脳みそなんて、嫌なんですけど……」
「それもいま、海原くんが考えているわ」
 三藤先輩が、サラリと答えて。
「うわっ、最悪……」
 高嶺が明らかに嫌そうな顔で、こちらを見る。

 ……さて。
 結局、理由について。
 どう説明しようか決めていなかったことに。
 僕はいまさらながら、気がついたのだけれど。

「なーんか、微妙そうだから聞かなーい」
 波野(なみの)先輩が、興味なさそうにいうと。
「ま。ふたりが認めたなら、それでいいよ」
 玲香(れいか)ちゃんも、呼応する。
「え、えっと……」
「部活に関しては、内緒事はナシにしなよ! これは、英語の先生たちの話しだから、深く聞かないだけだからね!」
 そやって高嶺が、わざわざ口にするから。
 なにかいわないとと思った、そのとき。


「わかっているわ。ゆ、由衣(ゆい)……」
「へ?」
 い、いまのは。三藤先輩だけど。
 なんだか、非常にいいにくそうな顔をしているじゃないか。
「そこ、もう一度!」
「えっ?」
「いやだからさぁ。月子。名前呼び、もう一回!」
 春香(はるか)先輩がわざわざ三藤先輩に、『由衣』といい直せと迫っている。

 ……あぁ、そうか。
 都木(とき)先輩からの『引退祝い』とかいう、申し出で。
 これからは『先輩』とは呼ばずに、『ちゃん』づけになって。
 逆に、先輩が後輩を呼ぶときは……。

「ゆ、由衣……」
 三藤先輩が、『高嶺さん』から『由衣さん』。
 そしてついには、『由衣ちゃん』とも呼べなくなって。
 耳を赤くしながら、頑張っている。

「いきなりじゃ、まだ呼びにくそうだねぇ〜」
 玲香ちゃんは、そういうと。
「じゃぁ今度は由衣の番だよ、はい!」
「えっ?」
 アイツにも口にしろと、仕向けている。


「ほらほら〜」
「え、ええっ……」
 今度は、高嶺が耳を赤くして。
「つ、月子ちゃん……」
 似つかわしくないくらい、ボソリと口にする。

「う〜ん。いつもと違って、声が小さいなぁ〜」
「よ、呼びにくいですっ!」
 すでに以前、混乱の中で呼んだことがあるクセに。
 アイツは、例外の許可を訴えて。
「わ、わたしも……以前のままでは、ダメかしら?」
「それは、ダ・メ・ー!」
 先輩の希望も、却下されている。

 まったく、このふたりは毎度のことながら。
 お互いを意識すると、どうもギクシャクするよなぁ……。
 ただまぁ、慣れてくればひょっとしたら。
 この部活の『日常』も。
 もう少し、平和になるのかもしれない。


 ただ、それと同時に。
 試験時間の関係で、放送室にたった『ひと席』だけ。
 いまもあいたままの、空間があるのが。
 また別の『日常』に、なりつつある気がして……。

 僕は心の中の、どこかが。


 ……少しだけ、チクリと痛んだ気がした。



「……はい、みんなお疲れさま! これで解散!」
 部活オフの、当日。

 担任の高尾先生の声が。
 試験終了と同時に、帰りのホームルームも終わりだと告げる。


「じゃ、女子会いってくる! 男子禁制だからね!」
「はいはい、楽しんでこい」
「アンタの分も楽しんであげるからね〜」
 隣の席から高嶺が、鼻歌をふんふんいわせながら教室を出る。

 なんだか、高尾先生の目が。
 部活なしにしてゴメン! みたいにやっているけれど。
 そんなに気にしてないですよ、僕。

 とはいえ、冷たいリアクションも悪いので。
 親指だけさりげなく立てて、メッセージを返して席を立ったところ。
「……なぁなぁ? 師匠、先生となにかあるのか?」
 山川(やまかわ)(しゅん)が、まるでアイツの代わりみたいに。
 そこそこ大きな声で、無遠慮なことを聞いてくる。

「おい、聞こえるぞ!」
 まぁ、とっくに聞こえているだろうけれど。
 一応そう答えてから僕は。
「担任兼副顧問なんだ。合図くらいするだろ?」
 山川に、同意を求める。

「なるほど。さすが放送部だ」
 わ、わかったのらいいのだけれど。
「で、なんて合図だそれ?」
 結局、わかっとらんのかい……。

「いいから、さっさと部活にいけよ。バレー部の新人戦、あるんだろ?」
「えっ? もしかして放送部、応援にきてくれるのか!」
「いや、忙しいから無理だ」
「な、なんでだよぉ〜! 女子力無敵なのに〜」
「どうしてもというなら……自分で聞いてくれ」
「そんなぁ! 俺なんかじゃ、絶対無理っスよぉ〜!」

 いいから、ここから出よう。
 僕は、先生に小さくお辞儀をしてから。
 山川の背中を押しながら、教室をあとにした。





 ……もう、海原君。
 そこまで山川君に。
 迷惑そうな顔を、しないでもいいのにねぇ。

 君が女子会に混ぜてもらえないのは、気の毒だけれど。
 まぁ『君の』先輩のためだから。
 たまには、仕方がないよね?

響子(きょうこ)、お願いっ!」
 佳織(かおり)が、真剣な顔で頼んでくるから。
 最初はなにごとなのかと、驚いた。

 教師がえこひいきするのは、ダメだってっていうけれど。
 熱意のある生徒に、同じだけの熱意で応えるのは。
 わたしはそれほど、悪いことではないとも思う。

 さてさて。
 まずはクロワッサンを、食べてから。
 わたしも真剣に、『あの子』に向き合おっか。
 色々ありがとね、海原君。
 あと。

 ……いつも、お疲れさま。





 ……同じ時刻の、教室棟三階。
 二年一組の教室では、わたしの前で。
 いつもの子たちが、にぎやかに話している。

「ねぇ佳織先生、月子いかないんだって!」
姫妃(きき)、はやっ! 別のクラスなのにもうきたの?」
「ねぇ先生、月子に女子会いけっていってもらえません?」
陽子(ようこ)、わたしがそれいうの?」
「買う物なんてないからパスだって。ほんと、つれないんですよ〜」
 もう、玲香まで……。
 仮に、わたしが伝えたとしても。
 あの子がそんなこと、聞くわけないじゃない……。

「なんだか、女子高生みたいですね」
 クラスのプリントをまとめた月子が。
 わたしに渡しながら、まるで他人ごとのようにつぶやいている。

 『みたい』もなにも。
 あなたもまだ、女子高生でしょうに……。


 この子は、みんなとしっかり混じっているのに。
 一方できっちり、線もひいている。
 別に、責めてるわけではない。
 あなたを認められる仲間を増やしたのは、月子自身の努力だと。
 わたしだって、それは。
 よく、わかっているからね。

「次は、絶対一緒だよ!」
「また、あ・し・た!」
 そういって、騒々しく手を振りながら出発する子たちを。
 わたしは、大きく。
 そしてこの子は控えめに、手を振って見送っている。

「……ねぇ。月子には、出かけられない理由があるの?」
 わたしの問いに、ひと呼吸置いてから。
 藤色の瞳が印象的な、その女の子は。


「……考えるべきことが、あるんです」


 はっきりと意志を添えて、いいきった。


 ……そっか。

 きっと美也と、話しあったんだね。


 どこまでを聞いたのかは、わからない。
 どのように考えたのかも、まだわからない。

 ただ、この子はきっと。
 考えて、何度も考えて。
 それから決断して、進むのだろう。


「わかった、ありがとう」
 まっすぐな視線に、そう礼を伝えてから。
「また明日ねっ!」
 明るい声で、教室を出る。

「こちらこそ、ありがとうございます。ではまた明日」
 美しくお辞儀する、女子高生に見送られて。

 わたしは少し、気合を入れ直すと。


 ……大好きな放送室へと、歩き出した。




< 5 / 33 >

この作品をシェア

pagetop