魔法のピアノ少女・シオン 〜ふしぎなヒーリングの力〜
3. 救いの子
街で一番えらい長老、というその人は、しおんが考えていたとおりのおじいさんでした。
顔はシワだらけで髪は白くなってるけど、声は大きくてとても元気そうです。
(わたしのおじいちゃんも、もう少し年を取ったらこんな感じになるのかな)
「えっと……みどりちゃん、まずはごめんなさい。説明なしに、ここまで連れてきてしまって」
長老の家の中は、まるで校長室の中みたいにいろんな物が置いてあります。
長老と向かい合ってしおんが座ると、そのとなりに座ったみどりがいきなり頭を下げました。
「そうだけど……ねえ、どうなってるの?」
さっきからびっくりすることばかりのしおん。みどりに何をどう聞けば良いのかすら、わかりません。
「うん。はじめから、全部話すね」
頭を上げたみどり。
しおんから見ると、なんだかとても落ち着いているように見えます。
「さっきも言ったように、ここはしおんちゃんが住んでいるのとはちがう世界。魔法があって、王さまがいて、危ない魔物とかもいるけど、みんなで力を合わせてがんばってる、そんな世界」
しおんは、昔読んでいた絵本を思い出します。
(もしかして、お姫さまとか、勇者さまとかもいるのかな)
「で、あたしたちが今いるこの街は、ここ。エメラルド王国の、北の端っこにある、森の中の街」
みどりが、古そうな紙に書かれた地図を持ってきて説明していきます。
みどりの指さすところには、たくさんの木のイラスト。そしていろんなところに文字らしきものが書かれていますが、しおんには全く読めません。
どうにかこうにか、しおんにもわかるイラストがいくつかあるぐらいです。
***
【絵さがし】
地図の中から、地図のまわりに置いてあるものと同じものをさがしてみよう!
ほかにも、知っているものはあるかな?
***
(ひらがなでもカタカナでも、アルファベットでもない。漢字……もちがうよね。エメラルド王国っていうのも聞いたことないし……やっぱり本当に、ここは別の世界なんだ)
「それで、この線よりあっち側は魔物の国。そして今、エメラルド王国に攻撃をしてきている」
「攻撃って……?」
「本当の攻撃だよ。悪い魔物がたくさん出てきて、国の境を越えてエメラルド王国に向かってくるの。しおんちゃんもここに来るまでにたくさん見たでしょ? よろいを着た兵隊さん」
そういえば、としおんは気づきます。
(確かに、銀色に光るよろいを身につけた人を何人も見た。あれが兵隊さん……)
「それで、魔物たちはこの街のすぐ近くまで来ているの。今はまだ森の中で止めているけれど……いつこの街にも魔物たちがやってきて、住んでいる人たちにおそいかかるか、わからない」
「そんな!」
しおんはもちろん、攻めてきているという悪い魔物は見たことがありません。
でもみどりのまじめな顔つきを見て、きっとこわいことなんだろうとわかりました。
「しおんちゃん、心配してくれてありがとう。でもね、そうならないために、しおんちゃんを連れてきたの」
と、急に自分の名前が出てきて、しおんはあっけにとられます。
「え? わたしが?」
「うん。この街には古い言い伝えがあってね」
「ああ。『空が赤くなりて――』」
「長老、それ全部言うと長くなるでしょ!」
ゆっくり話しだした長老を、みどりが止めて説明します。
「ざっくり言うとね、『この街が危なくなった時、こことはちがう世界の人がふしぎな力を持ってあらわれ、救いの子として街を救うだろう』……」
みどりのしゃべりかたは、まるで劇のセリフのよう。
でも、みどりや長老が口からでまかせを言っているようには、しおんはとても思えません。
「それで、その『救いの子』をさがすために、はるばる日本へ行ったのが、このあたしってわけ。たいへんだったんだよ、古い本をみんなで読み解いて、別の世界と行き来できる魔法を完成させるの」
「グリーンは良い魔法使いじゃからな。それにとてもしっかりしているし、我々としても不安はなかった」
「そうそう。あ、グリーンってのはあたしのことね。みどりってのは、適当に考えたそれっぽい名前」
(やっぱり、信じられない。本当に、絵本の中みたい……)
しおんは右手で自分のほっぺをつまみます。
「夢じゃないよ。これからしおんちゃんには、『救いの子』になってもらうんだから」
みどりの声と、ほっぺの痛みがしおんに伝わってきます。
(痛い。夢とかじゃ、ないんだ)
「でもわたし、みどりちゃんみたいに魔法とか、使えないし」
「良いのよ。しおんちゃんは、ピアノを弾いてくれれば良いから」
みどりは、しおんの両肩にポンと手を置いて、そう答えます。
「ピアノ?」
「うん。……長老、この子の演奏する音楽には、体力や精神力を回復してくれる効果があります」
「なるほど、文字通り『救い』ということか」
何か考えている長老。一方、しおんはまたみどりの言葉が信じられません。
(そんな力が、わたしのピアノに?)
「はい。この街に足りていないのは、医者や手当てをする人たちです。でも彼女の力があれば、魔物との戦いでケガしてしまった人や、疲れた人を癒やすことができます。いや、もしかしたら、動けなくなるほど苦しんでる人も……」
「うむ、本当なのかそれは」
「はい。あの感じは……まちがいないです。向こうの世界の人は感じられてないようですが……」
?マークがどんどん浮かんでくるしおんを置き去りにして、みどりと長老の話しはどんどん進んでいきます。
(どういうことなの? というか、なんでわたしなんかを? もっとピアノが上手い子はたくさんいるのに?)
「ピアノ? なんじゃそれは?」
「向こうの世界の楽器です。彼女はそれを使って演奏をするのです」
「……みどりちゃん!」
パニックになったしおんは、とうとう大声を上げてしまいました。