もう恋なんてしないはずだったのに〜御曹司課長の一途な愛に包まれて〜
そんな日の帰り道、また偶然にもエントランスで課長とバッタリ会った。なぜかそのまま駅まで歩くことになってしまった。
隣を歩く課長を意識して、少しぎこちなくなってしまう。沈黙が続き、心臓の音がやけに大きく響いた。

「花菱はいつも食事は作っているのか?」

きっとお昼にお弁当を持って来ていたのを見たからだろう。

「はい。ひとり暮らしなので節約してるんです」

「ま、使うところも決まってるしな」

クスッと笑う課長に思わず私も表情を緩める。私の秘密を唯一知る課長。なんだか会話を交わすごとに彼との関係が緊張するものからリラックスできるものへと変化して来ていた。

「そうなんです。だから日々摂生してその時に備えてるんです」

「随分と素直だな。そういえば料理は得意なのか? お弁当が美味しそうだったが」

「そうですね。本当は苦手でした。仕方なく始めたお料理教室でしたが、今となってはこれも私の助けになっている感じです。

皓介にこれも強要され、通い始めたお料理教室。家庭料理からホームパーティーに至るまであらかた習得させられた。だからあまりいい思い出もないし、そもそも皓介は私の料理をいつも馬鹿にしていたからあまり食べてもくれず、外食してばかりだったな。今思えばどうしてこんなに頑張っていたのだろうと不思議で仕方ない。でもいやいや通った料理教室のおかげで節約料理も保存料理もマスターし今の生活が送れていることを考えれば悪くないのかもしれない。思い出すといいことなんてないけど、それでも私の生活の糧になっているのは事実で、そう思うとなんだか笑ってしまった。その様子をおかしそうに眺める課長。

「なんだか楽しそうだな。でもあの時じゃなく、今もこうして笑っているとなんだかホッとするよ」

駅に到着すると改札で別れたが、ホームに上がるとちょうど向かいのホームに課長の姿があった。すぐに電車が入ってきてしまったが、電車の中から軽く手をあげ合図をされた。私も思わず手を振ってしまった。
電車を見送りながら、胸の奥がまた温かくなった。
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