もう恋なんてしないはずだったのに〜御曹司課長の一途な愛に包まれて〜
歩きながら、「もしかして元彼か?」と小さな声で聞いてきた。私が頷くと「そうか」とだけ言った。

「仕事でだいぶ遅くなってしまったから、今から登るのは無理そうだな。食事に行こうか。お腹も空いただろう?」

さっきまで空腹感を感じていたが、皓介と彼女に会った瞬間減退してしまっていた。だから今何を食べていかと聞かれても答えられない。

「俺のおすすめの店があるから行ってみないか?」

「はい」

どこか声が弾まない。でも彼はそんな私の様子に気がついているはずなのに言葉に出さない。腰を抱かれ、密着したまま歩き始めると彼の香水の匂いを感じてきてようやく気持ちが落ち着いてきた。
10分くらい歩いただろうか、一軒のかわいらしいお家のようなお店に着いた。ドアを開けるとガーリックのいい匂いがしてきて、ようやくまた空腹感を思い出してきた。

「いらっしゃいま……せって、真紘じゃないか?」

「おお」

軽く手をあげ合図をしている。知り合いのお店なのかしら。何も聞かずにきてしまったけど私はどのように挨拶したらいいのだろうか。

「席ある?」

「あぁ、あそこいいよ」

指を指された角のテーブルに行くと、今度は女性がメニューと水を持ってすぐにやってきた。

「いらっしゃいませ。近藤(こんどう)美波(みなみ)と申します。シェフは旦那で、渡瀬くんとは同級生です」

髪をアップにまとめ上げ、明るさが前面に出ている笑顔が好印象の方だった。

「あ、花菱日菜と申します」

「彼女だ」

さらりと付け加えられ思わず彼の顔を見てしまう。すると近藤さんは少し驚き、「渡瀬くんに春が来たのね」なんてクスクス笑っていた。その言葉にはフンっと言わんばかりに返事はしていなかった。彼女はメニューを置くと離れていった。
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