フェアリーヤーンが紡いだ恋 〜A Love Spun with Fairy Yarn〜
5章:キーチェーン
あれからも、里桜の松本観察は続いていた。けれどステッチの手がかりは、どこを探しても見つからない。
デスクに視線を走らせても、書類の山に答えは隠れていない。昼休み、女性社員たちの会話に耳をそばだてても、真実にはたどり着けなかった。
それでも松本の姿を追う目だけは、勝手に動いてしまう。
そして、本日ついに長年の夢だったストールをフェアリーヤーンでオーダーし、心の半分はふわりと浮き立っている。けれどもう半分は、松本のメガネケースと同じスティッチが頭を離れず、じわりと重たい。
午後3時、緩やかな休憩時間。『ピロリン』と、控えめな通知音が小さく響いた。松本の口元がふっと柔らぎ、目元にかすかな温もりが差す。それに気づいたのは、副主任の東野だけだった。彼女は小さく眉を上げ、何も言わずに静かに微笑んだ。里桜はもちろん、その変化に気づいていない。
突然経費管理課に、コツコツとヒールの音を響かせながら、一人の女性が颯爽と入ってきた。
ダークブラウンの髪。ハンサムな前下がりショートボブ。切れ長の二重に、きりりとした雰囲気。いかにも『仕事ができる美人』タイプだった。
彼女は里桜の席の後ろを通り抜け、迷いなく松本の席へ向かっていく。
そのとき、隣の席の一年後輩、小池陽斗が小声で教えてくれた。
「里桜先輩、あの人知ってますか? 先月アメリカから帰国して、七階のソフトウェア開発部に配属された、佐藤香さんですよ。めちゃくちゃ仕事ができるって噂です。ああやって主任と並んでると、本当、美男美女ですよね。秘書課の彼女に聞いたんですけど……どうやら、二人は付き合ってるらしいですよ」
小池が目線で左前方を示す。
思わず声にならない『えっ!』がもれた。驚きを隠せない里桜は、そっと松本のデスクへ目を向ける。
そこには三年間、一度も見たことのなかった松本の表情があった。柔らかく微笑んでいる。その優しい瞳に映っているのは、佐藤香。
二人の姿は、美しい映画のワンシーンのように見えた。
その瞬間、里桜の胸の奥がズキンと打ちつけられる。小さく息をのみ、慌ててコンピュータの画面に視線を戻した。
(……なんで? どうしてこんなにイライラするの? でも、今はここに居たくない)
平然を装いながら立ち上がり、隣の小池に『休憩に行ってきます』と声をかける。
そして早足で、その場を離れた。
デスクに視線を走らせても、書類の山に答えは隠れていない。昼休み、女性社員たちの会話に耳をそばだてても、真実にはたどり着けなかった。
それでも松本の姿を追う目だけは、勝手に動いてしまう。
そして、本日ついに長年の夢だったストールをフェアリーヤーンでオーダーし、心の半分はふわりと浮き立っている。けれどもう半分は、松本のメガネケースと同じスティッチが頭を離れず、じわりと重たい。
午後3時、緩やかな休憩時間。『ピロリン』と、控えめな通知音が小さく響いた。松本の口元がふっと柔らぎ、目元にかすかな温もりが差す。それに気づいたのは、副主任の東野だけだった。彼女は小さく眉を上げ、何も言わずに静かに微笑んだ。里桜はもちろん、その変化に気づいていない。
突然経費管理課に、コツコツとヒールの音を響かせながら、一人の女性が颯爽と入ってきた。
ダークブラウンの髪。ハンサムな前下がりショートボブ。切れ長の二重に、きりりとした雰囲気。いかにも『仕事ができる美人』タイプだった。
彼女は里桜の席の後ろを通り抜け、迷いなく松本の席へ向かっていく。
そのとき、隣の席の一年後輩、小池陽斗が小声で教えてくれた。
「里桜先輩、あの人知ってますか? 先月アメリカから帰国して、七階のソフトウェア開発部に配属された、佐藤香さんですよ。めちゃくちゃ仕事ができるって噂です。ああやって主任と並んでると、本当、美男美女ですよね。秘書課の彼女に聞いたんですけど……どうやら、二人は付き合ってるらしいですよ」
小池が目線で左前方を示す。
思わず声にならない『えっ!』がもれた。驚きを隠せない里桜は、そっと松本のデスクへ目を向ける。
そこには三年間、一度も見たことのなかった松本の表情があった。柔らかく微笑んでいる。その優しい瞳に映っているのは、佐藤香。
二人の姿は、美しい映画のワンシーンのように見えた。
その瞬間、里桜の胸の奥がズキンと打ちつけられる。小さく息をのみ、慌ててコンピュータの画面に視線を戻した。
(……なんで? どうしてこんなにイライラするの? でも、今はここに居たくない)
平然を装いながら立ち上がり、隣の小池に『休憩に行ってきます』と声をかける。
そして早足で、その場を離れた。