フェアリーヤーンが紡いだ恋 〜A Love Spun with Fairy Yarn〜
翌日。
里桜はコートの下に、新しいストールをふわりと巻いた。
この数ヶ月、気分が沈みがちだった彼女。けれど愛らしい桜ピンクの色が、ほんの少しだけ心を明るくしてくれる。
(すごく肌触りがいい。……今日は、久しぶりにいい日になりそう)
そう思って出社したが、浮かれた気分は長く続かなかった。
その日は、通常業務に加えて新しいシステムの導入日。文系出身で数字もコンピューターも苦手な里桜にとっては、ただでさえ気が重い。
思い出すのは、地獄のようだった新人研修の日々。その年、唯一経理部経費管理課に配属された彼女。『真面目そうだから』という理由だけで。
初めて聞く専門用語の数々。覚えることも多すぎて、毎晩泣きながら帰宅していた、あの頃。
(はぁぁ……また一から覚え直すの?)
配られたファイルをめくりながら、思わずため息が漏れる。周囲の同僚たちはすでに読み終え、キーボードをカチャカチャと叩き始めていた。焦りが一層募る。
(どうしよう……全然頭に入ってこないよ)
不安でページをめくったそのとき、目に留まったのは説明文の横に貼られたポストイット。そこには整った、美しい手書きの文字で補足が添えられていた。
『焦らなくていい。君のペースで進めなさい。質問があれば、いつでも聞きにきなさい。 ――松本』
胸がキュンと鳴った。ふわっと包まれるような温かさが、心に広がる。
(あっ……松本主任が書いてくれたんだ。新人研修の時を思い出すな。あの頃も、覚えの遅い私を急がせずに、根気よく教えてくれたっけ……)
無意識に視線が松本へ向かう。相変わらず無表情で、淡々と仕事をこなしていた。
再びポストイットに目を落とす。
(主任って、本当に字が綺麗だよね。
ん……? どこかで、同じように美しい文字を見たような……。でも思い出せない。……今はとにかく仕事しなきゃ)
里桜はコートの下に、新しいストールをふわりと巻いた。
この数ヶ月、気分が沈みがちだった彼女。けれど愛らしい桜ピンクの色が、ほんの少しだけ心を明るくしてくれる。
(すごく肌触りがいい。……今日は、久しぶりにいい日になりそう)
そう思って出社したが、浮かれた気分は長く続かなかった。
その日は、通常業務に加えて新しいシステムの導入日。文系出身で数字もコンピューターも苦手な里桜にとっては、ただでさえ気が重い。
思い出すのは、地獄のようだった新人研修の日々。その年、唯一経理部経費管理課に配属された彼女。『真面目そうだから』という理由だけで。
初めて聞く専門用語の数々。覚えることも多すぎて、毎晩泣きながら帰宅していた、あの頃。
(はぁぁ……また一から覚え直すの?)
配られたファイルをめくりながら、思わずため息が漏れる。周囲の同僚たちはすでに読み終え、キーボードをカチャカチャと叩き始めていた。焦りが一層募る。
(どうしよう……全然頭に入ってこないよ)
不安でページをめくったそのとき、目に留まったのは説明文の横に貼られたポストイット。そこには整った、美しい手書きの文字で補足が添えられていた。
『焦らなくていい。君のペースで進めなさい。質問があれば、いつでも聞きにきなさい。 ――松本』
胸がキュンと鳴った。ふわっと包まれるような温かさが、心に広がる。
(あっ……松本主任が書いてくれたんだ。新人研修の時を思い出すな。あの頃も、覚えの遅い私を急がせずに、根気よく教えてくれたっけ……)
無意識に視線が松本へ向かう。相変わらず無表情で、淡々と仕事をこなしていた。
再びポストイットに目を落とす。
(主任って、本当に字が綺麗だよね。
ん……? どこかで、同じように美しい文字を見たような……。でも思い出せない。……今はとにかく仕事しなきゃ)