フェアリーヤーンが紡いだ恋 〜A Love Spun with Fairy Yarn〜
エピローグ(松本直樹)
 あれから二度目の秋を迎えた。

 涼やかな風に揺れる大木の下、紅葉の彩りを纏った木漏れ日が降り注ぐ。黒いタキシードを着た俺の隣には、オフホワイトのシルクヤーンで編んだノースリーブドレスを纏う最愛の彼女が立っている。光が角度を変えながらドレスに差し込み、彼女の笑顔を一層輝かせていた。

 このドレスを完成させるのに約一年半。編み物人生で最大のプロジェクトだったが、今こうして彼女の隣に立っているだけで、すべての時間に価値があると思える。

 自然と、これまでのことが頭をよぎる。



 母の影響で始めた編み物。理数系が得意だったこともあり、複雑なデザインもそつなくこなせた。だが大学時代、元恋人から『女々しい』と言われて別れたことがある。編み物をやめようとした俺を止めてくれたのは、友人の一言だった。


 「やめるなんてもったいない。顔を出さないなら、ネットで販売してみろよ」


 それがフェアリーヤーンの始まりだ。家族も親戚も応援してくれた。社会人になってからも、副業として続けてきた。

 母方の親族が営む中小企業・株式会社ESPに就職したのも自然な流れだった。従姉妹の恵子姉ちゃんや香姉ちゃんもそこで働いていたが、俺たちの関係は職場では伏せていた。


 経理部経費管理課の主任になって数年後、新人として配属されたのが彼女――新條里桜だった。真面目で物静かな印象。しかしその名に、不思議な親近感を覚えた。

 彼女が苦手な数字やシステムに食らいつく姿を見て、気づけば目で追っていた。だが教育係として接する立場にあり、慣れない環境で頑張る彼女に余計な負担をかけたくなくて、自分の想いは胸にしまい込んだ。



 ある日、顧客リストを整理している時に、見慣れた名前を見つけた。大学合格祝いでトートバッグを、後には化粧ポーチを注文してくれた顧客――それが里桜だったのだ。

 奨学金を返し終え、久しぶりに自分へのご褒美として帽子をオーダーしてくれた時、俺は迷わず自分と同じステッチを縫い付けた。早く、自分の気持ちに気づいてほしいと願いながら。

 ある日、彼女のデスクに置かれたポーチを見つけた。数年経っても大切に手入れされ、使い続けてくれていたことに、胸が熱くなったのを今も覚えている。

 そして決定的だったのは、あのストールの夜。壊れたステッチを直す俺の手元を、隣で静かに見つめていた彼女の瞳。けれど、彼女の胸の奥にはまだ誤解が残っていた。佐藤香と俺が婚約しているのではないか、と。
 
 だから、俺は正直に伝えた。佐藤香は従姉妹であり、ただの家族だと。

 そのとき、里桜の瞳にふっと安堵の色が浮かんだ。肩の力が抜けたのが、手に取るように伝わってくる。あの瞬間、ようやく彼女の心がほどけていったのだ。そこから、俺たちはようやく同じ歩幅で並び始め、自然と交際も始まった。



 そして今。

 隣にいる里桜の薬指には、二つの光が寄り添うように輝いている。君がいる限り、俺は何度でも編み続けていける。

 もしかしたら、あのステッチに込めた赤い糸が、最初から俺たちを結んでいたのかもしれない。そう思うと、胸の奥が、不思議とあたたかくなる。



 ――The End――
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